第11話 炎

 日中の気温が高くなり、汗ばむ季節になった。

 欲しかった家具も大体買い揃え、ベッドや洋服ダンスを部屋に、隣の客室には新しいテレビとソファセットを置いた。光と一緒にテレビを見るのに、どうしても欲しくなったので衝動買いしてしまったのだ。


 縁側からどちらの部屋にも入れるので、光は白狐と一緒に走り回り、ベッドやソファにダイブして遊んでいる。おばあちゃんの物は、すべて玄関脇の部屋にまとめた。あの大量のノートも捨てずにとってある。

 “赤い表紙のノート”は本棚に別にしてあるが、まだ見ていない。“いざという時”がいつ来るのかわからないが、今じゃないことだけはわかる。


 花と薬草は順調に売れている。お客様には例の三人組の話もして、今はこれ以上顧客を増やしたくないと伝えてある。“秘密の花園”のことは誰にも言わないと皆さん約束してくれた。(いつの間にかそんな呼び名がついていた)

 

「そろそろ夏の花にする?」


 光に言われて、もうそんな季節なんだと驚く。あっという間に春が終わろうとしている。


「そうだねえ。来週あたりにお願いしようかな」

 

 夏の花かあ。どんな花が咲くのかな。


 季節ごとの花が載っている図鑑を開く。

 ひまわり、ラベンダー、百合、桔梗

 これらの花が咲いている庭を思い浮かべ、幸せな気持ちで眠りについた。



   ◇



「みいちゃん、起きて!!」

 光の叫ぶような声で目が覚めた。


「え、どうしたの?」

「庭が燃えてる! 早く消さないと!」


 わたしは飛び起きて障子を開けた。

 本当に燃えてる。どうして……。


「みいちゃん、しっかりして! 消火器! あと、火事だーって大声で叫んで!」


「かっ、火事だー!!!」

 できる限り大きな声を出しながら、家にあった消火器を二本掻き集めた。


(落ち着け、落ち着け)


 自分に言い聞かせながら、消防署の講習会を思い出す。

 消火器のピンを抜く。

 ホースをはずし、レバーを強く握って、消火!


 勢いよく噴射する泡を燃えている木や花にかける。


「美月! 大丈夫か!?」


 奏多が消火器を持って駆けつけてきた。


「俺も手伝う! ばあちゃんが消防署に連絡してるから!」

 

 奏多も加勢してくれるが、火の勢いはなかなか止まらない。

 祠に炎が襲いかかった。


「光は? 光! どこにいるの!?」


「美月! 祠の火を消せ!」


 一本目を使い切り、二本目の消火器を開けた。


(燃やすもんか!)


 祠に向かって噴射する。

 

 消防車が来る前に近所の人達が駆けつけ、凄い早さで消火活動が行われた。 

 家に被害はなかったが、庭の大半が焼け、祠は跡形もなく焼け落ちた。


   ◇

 

 それからのことはよく覚えていない。

 母がしばらく家にいて、消防署や警察の現場検証が終わるやいなや、強引に実家に連れて行かれた。

 

 結果から言うと、犯人と思われる連中はもうこの世にいない。

 思っていた通り例の三人組で、逃げる途中、猛スピードで電柱に激突し、三人とも即死だったらしい。車の中から火炎瓶や違法薬物などが見つかったそうだ。

 

 だが、そんなことはどうでもいい。

 おそらく光は、白狐に犯人達の後を追わせたのだ。そしてわたしに火事を知らせ、わたしたちと家を炎から守った。あれだけの火の粉を浴びたのに、わたしと奏多には軽い火傷すらなく、家はあちこちに煤がついた程度だった。

 もしかしたら、力を使い切って消えてしまったのかもしれない。


「光、どこにいるの?」


 毎日、庭で名前を呼ぶが返事がない。がっくりと肩を落とすわたしに奏多が言った。


「あのさ、祠を新しく作ったらどうかな? あれって、光の家だったわけだろ。家がなくて帰れないなら、新しい家を作ってやればいいんじゃないか?」


「そんな簡単なことで戻ってこれるのかな……」


「わかんないけど、やってみないか? 俺もあいつに会いたいんだ」


「奏多……わかった。やってみよう」

 

 ほんのわずかな希望でも絶望よりましだ。


「良かった。実はお客さん達から見舞金を預かってるんだ。これで祠を作ろうよ。あの人達もこの庭が大切なんだ。放火なんてされてみんな怒り狂ってるよ」


「うん。ありがたく使わせてもらう」


「よし。じゃあ、知り合いにお社を製作してる工房の人がいるから連絡してみる」


「ありがとう、奏多。いつも困ったときに助けてくれて」


「俺がやりたくてやってるんだから、気にすんな」

 

 奏多は照れくさそうに笑った。


 

 





 


 







 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る