第5話 庭の花

 名前をつけた日から、光は頻繁に姿を見せるようになった。 

 私達は縁側に座ってお喋りをしたり、彼の好きなアニメを一緒に観たりした。

 最初、光はなぜか部屋の中に入らず、縁側から覗き込んでいた。


「そんなとこからじゃ、よく見えないでしょ?」

「いつもここから見てた」

「そうなんだ……じゃあ、今度からここが光の席ね」

 私の隣に座布団を敷き、ぽんぽんと叩いた。

「ぼくの席!」

 光が嬉しそうに飛んできた。


 私は少し、おばあちゃんに怒りを感じた。こんな風に子供向けのアニメを用意するくらいなら、どうして一緒に観てあげなかったんだろう。神様だから遠慮していたのかもしれないけど、もっと可愛がってあげればよかったのに。


   ◇


 恵子さんとお花見をした日、思い出したように光が言った。

「あの女の人は、ときどきお供えして拝んでくれた。だからぼく、消えなかったのかも」

「そっか……」


 光は恵子さんとの話を聞いていたようで「薬草が欲しいの?」と聞いてきた。

「私は、面倒だから別にいいかな。この庭の薬草、光が植えたの?」


「もともと生えてたものが育ってるだけで、ぼくが植えたわけじゃない」


「うちの庭は桜くらいしか花がないから殺風景だよね。もっと色々な花が咲くといいのに」


「みいちゃんは花が好きなの?」


「もちろん」

 

 この返事がまさかの事態を招いた。


 ◇


 翌朝起きると、殺風景だった庭がお花畑に変わっていた。

 赤、白、紫など色とりどりの花が咲き、甘い香りが漂っている。


「ああ、迂闊うかつなこと言っちゃったなあ」

 こうなることを予想しておくべきだった。


 庭に出ると光が駆け寄って来る。

「お花がいっぱいだよ。うれしい?」


 褒めて欲しくてたまらないようだ。

「……うん。すっごく嬉しい!」

 私は光の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「えへへ」

「でも、今度から前もって言って欲しいな。いつもいきなりでびっくりしちゃうから」

「わかった!」 


 それにしても凄いな。桜のときもだけど、よく一晩でこんなに咲かせられるものだ。


「春の花ばかりだよ。夏になったらまた変えるね」


 まるで壁紙を変えるかのような発言に喜ぶべきか悩む。まあ、綺麗だし手間もかからないからいいか。

 私は考えるのを放棄した。


「部屋に飾りたいから切っちゃっていい?」

「ぜーんぶ、みいちゃんのだよ」

 光がにっこりと笑う。

 ちょっとときめいちゃったよ。将来いい男になりそう。いや、神様だから成長しないのかな?


 赤と黄色のチューリップ、白いスズラン、紫のラベンダー、あとは名前も知らない綺麗な花を摘み取り花瓶に挿した。

「わお、ゴージャス。これ、買ったらいくらかかるかな」

 大きな花瓶いっぱいの花を見て嬉しくなる。

 そうだ、恵子さんにもあげよう。どうせ、このお花畑を見たらばれるんだし。

 私は両手に持てるだけの花を抱えて隣に向かった。


 インターフォンを押すと、すぐにドアが開いた。

「サプラーイズ!」と花束を差し出した。

 あれ? 返事がない。

 花束が邪魔で前が見えない。ひょこっと顔を出すとそこにいたのは見たことのない男だった。


「えっ、誰?」


「いや、そっちこそ誰だよ」


「私は恵子さんの友人よ」


「はあ? 一人暮らしの年寄り騙そうったってそうはいかないぞ」


「何言ってんの、失礼ね。恵子さん、どこよ」


「あ、こら勝手に入るな」


「あんたこそ、恵子さんに何かしたんじゃないでしょうね」


「何だと」

 

 玄関先で押し問答していると、奥から恵子さんが出てきた。


「恵子さん!」

「ばあちゃん!」

 恵子さんは男の頭をぱこっと叩いた。


「ごめんなさい。これ、うちの孫なの」


 この柄の悪い男が上品な恵子さんの孫? 


奏多かなた、お隣の美月さんよ。きみ子さんのお孫さん」


「きみ子さんの? あー、悪い! こんなでかい花持ってくるから、なんかの詐欺かと思った」


「失礼ね」

 

 奏多は悪びれずに笑った。笑うと印象が変わり子供っぽくなる。


「恵子さん、これプレゼントです」

 私は花束を差し出した。


「まあ、綺麗! お花のプレゼントなんて久しぶり。どうもありがとう」


「庭にたくさん咲いたので」


「あら、もしかしてご加護が発動しちゃったの?」


「まあ、そんな感じです」


 恵子さんは目を輝かせた。

「見に行きたいわ。いいかしら?」


 まあ、そうなるよね。

 私がうなずくと、俺も行くと言って奏多もついてきた。図々しいやつだ。

 家の中に入らず、直接庭に向かう。


「あらまあ、なんてこと!」


 目の前に広がる花畑を見て、恵子さんが叫んだ。珍しく取り乱している。


「まあ、美しいわねえ……まるで天国のようだわ」


「大げさだなあ」

 昨日までの庭を知らない奏多が呆れたように言う。


「ちょっと、お参りさせてね」

 恵子さんは祠の前に座り、手を合わせた。


「素晴らしいお花をいただき、ありがとうございました。大切に致します」

 

 光が現れ、こくこくとうなずいている。もちろん恵子さんには見えない。

 ところが、「誰だ、そのガキ?」と奏多が光の方を見て言った。


 見えてる!? 


「今どき着物なんて珍しいな。あれ? おまえ、外国人か?」

 

 光の表情が歪んだ。


「なあ、こいつおまえの――」

 奏多が私の方を振り返った隙に、光が姿を消した。


「あれ? あいつ、どこ行った?」

 奏多がきょろきょろと辺りを見回す。


「さっきから何言ってるの。美月さん、ありがとう。素敵な庭を見せてくれて。ああ、生きてて良かった! さあ、帰るわよ」

「あ、うん」


 奏多は何か言いたそうにしていたが、私は気づかない振りをした。それよりも光が心配だ。

 二人の姿が見えなくなってから祠に声をかけた。


「もう大丈夫。誰もいないよ」

 少し待っていると、格子戸が小さく開いた。

「ほんと?」

「うん。嘘なんか言わない」

 光はぴょんと飛び出し、私に抱きついた。


「よしよし。あの人、恵子さんの孫なんだけど、口の利き方が乱暴なんだよね。なんであんな人に光が見えちゃったのかな。なんでだと思う?」

「……ぼくにもわかんない」


 頭をこすりつけて甘えてくる。

 しばらく抱っこして、よしよしと撫でていたら落ち着いたようだ。

 

 あいつは出禁にしようと心に固く誓った。


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