相談役

「ご嫡男様お誕生、おめでとうございます」


「礼を言う。他国の使者が祝ってくれるとは喜ばしいことだ」


 玉座に座る若き王に、ルビー王国の使者が祝いの言葉を述べる。


(これがジェイク・サンストーンか……)


 頭を下げている中年の使者は、他国の王に比べて圧倒的に若いジェイクから重圧を感じていた。


 短い期間で積み上げてきた実績が大きすぎるのだ。


 旧エメラルド王国、旧サファイア王国、クォーツ民意国との戦争、更には奇妙な内戦で神スキルに勝利し、崩れ落ちるかと思われたサンストーン王国を立て直した手腕は見事の一言だ。


(家臣も心服しているだろう。隙などあるまい)


 更に居並ぶ家臣もまたその実績を信頼しているため、サンストーン王国は巨体にありがちな隙間がなかった。


(来た甲斐があったというものだ)


 それを確認できたルビー王国の使者は目的をほぼ達している。


 なにも王太子の誕生だけを態々祝うため、船に乗りクォーツ民意国を避けながら来たのではない。大国が言葉通りの存在であるか。交流に意味があるかを見定めていたのだ。


(と、思ってるんだろうなあ)


『おほほほ』


 そんなことはジェイクもお見通しである。


 ◆


 時間をかなり遡る。


「ルビー王国から使者が来る……か」


「予想した一つではある」


 ジェイクの私室のソファに座ったアマラとソフィーが、双子らしく同じような姿で足を組んで考え込む。


 彼女達がジェイクから受けた相談はルビー王国に関するもので、使者がサンストーン王国にやって来ているというものだ。


「王政同盟からの圧力が強いのかな?」


 ジェイクが思ったことを口にして、アマラとソフィーが僅かに頷いた。


「隣国で大軍がぶつかったのだから穏やかではいられないだろう。しかし、念のための使者と言ったところか。もし切羽詰まっているならもっとなりふり構っていない」


「王政同盟に攻め入る余裕がないのはルビー王国も分かっている」


 アマラの言葉をソフィーが引き継ぐ。


 この時期にクォーツ民意国を挟んでいるルビー王国から使者が来るのは、王政同盟が密接に絡んでいる。


 ルビー王国はアメジスト王国の画策した王政同盟が上手くいかないと思っていたし、事実結成こそされたが微妙に機能しなかった。


 しかし隣のアメジスト王国で王政同盟の兵力七万対クォーツ民意国の十万と少しが激突したのだから、穏やかでいられる筈がない。


 結局、ルビー王国にとって幸いにもこの戦いは痛み分けで終わり、しかも王政同盟は継戦能力を喪失したため一安心だが、なにかの拍子に攻めてくる可能性は常に存在し続けていた。


「周囲は仮想敵だらけなのだから、サンストーン王国を味方にしたいのだろう」


「アメジスト王国には頭を下げられないと見た」


 続けられたアマラとソフィーの言葉にジェイクが頷く。


 クォーツ民意国と王政同盟に囲まれているルビー王国は孤立している。


 だが王政同盟の盟主アメジスト王国は長年の競争相手であり、そう簡単に仲は修復できないし頭を下げることもできない。


 ならば多少遠くて即応性がなくとも、王政同盟が無視できない存在と関係を構築しようと思ったのだろう。


 つまり常勝王と呼ばれ始めた王が治め、古代アンバー王国の双子とエレノア教教皇もいるサンストーン王国だ。


「即位の時の使者を除いたら、他国から使者が来るのは初めてだ」


「言われてみればそうだな」


「確かに」


 昔を思い出すように首を傾げたジェイクに、アマラとソフィーは思わず苦笑しそうになった。


 ジェイクが王となった後、奇妙な内戦で混乱していたサンストーン王国を様子見をしていた各国は、かなり遅れて使者を出してきた。


 しかし、クォーツ民意国が馬鹿騒ぎを始めパール王国は混乱が深まり、周辺各国はサンストーン王国に構っている余裕がなくなったため、それ以来使者は訪れていなかった。


「他所から見たらサンストーンは結構不気味だからなあ」


「ああ」


「慎重になるのも無理はない程度に」


 自覚しているジェイクに、アマラとソフィーは太鼓判を押す。


 周辺各国にとってサンストーン王国は堂々たる大国であり動向を無視できないものだ。そして国力に比例するように勝ち戦続きともなれば、ジェイクの言葉を軽く扱える王国は存在しないだろう。


「それで、どうするのだ?」


「季節のご挨拶と雑談かな」


「そうね」


 アマラが使者への対応をどうするのかと問うと、ジェイクが軽いことを言ってアマラが同意した。


「隣にクォーツ民意国がいるのに、もっと離れた王政同盟とルビー王国の騒動に巻き込まれる余裕はない。いきなり同盟の打診があっても拒否だね」


「同盟……あるとすればクォーツ民意国に対する同盟と称するわね」


「裏では王政同盟にサンストーン王国の名を使うだろうな。しかし、結んだとしても今のルビー王国は全く役に立たないから、面倒だけが増える」


「ああ、なるほど……」


 遠方の争いには関与できないジェイクは、ルビー王国から同盟の提案があっても拒否する姿勢だ。そこへソフィーが考えられることを口にして、アマラが補足を入れた。


 確かに対クォーツ民意国を意識した同盟ならばそれほどおかしな話ではないが、ルビー王国は絶対に王政同盟に対する牽制として利用するだろう。


 その上、弱体化が著しいルビー王国と同盟を結んでも、クォーツ民意国に出兵など夢物語であるためサンストーン王国側のメリットはなにもない。


「戦力的にも政治的にも王政同盟も巻き込まないと意味がない」


「そうだな。王政同盟が変に探ったり疑心暗鬼になることはないだろう」


 もし同盟を結ぶにしても、ルビー王国だけでは不足していると、ソフィー、アマラは結論する


 サンストーン王国と同盟を結べばルビー王国は確実に悪用するし、王政同盟も真意を疑うだろう。それならいっそ全部を巻き込んで、同盟とまでは言わなくとも対クォーツ民意国を意識した繋がりを構築すると言う話だ。


 勿論、まず成立しないことは三人とも理解していた。


「まあ様子見だろうが、言う通り同盟を結んでも面倒しか齎さないな」


「最初はクラウスのお祝いが濃厚」


「うん」


 王に政治を吹き込むその様子は、まさに毒婦と妖婦の言葉に相応しいものだった。

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