商人の師弟

(自分の人生、どこで何があったんだろう……)


 まだ顔に若干の若さが残る男、アゲートの財務担当であるフェリクスは自分の人生について考えていた。


 サンストーン王国王城の一室。


 もっと言えばジェイク・サンストーン王と第二王妃エヴリンの前で。


 フェリクスは仕事で王城を訪れたはいいものの、現在この地は一種の伏魔殿であり、いつの間にか王と金の化身のいる場に連れて行かれたのだ。


 そして先程、ジェイクの嫡男のことを含めた挨拶が終わったところだった。


「中々貫禄が出てきたやん」


「そ、そうですかね?」


「王都の商人とも引けを取らんと思うで」


 エヴリンが珍しく真面目な顔でフェリクスを評すると、彼は戸惑ったような声を漏らした。


 フェリクス・ファブレガスの名はそれなりの重みを有している。


 彼はジェイクが直轄しているアゲートの財務を担当しているだけではなく、国境貴族との繋がりも非常に強い。そして旧サファイア王国戦、クォーツ民意国戦で中心となった国境貴族は大きな存在感を発しており、王都でその繋がりを侮る者はいないだろう。


 更にフェリクス自身もそれらの戦いや修羅場に巻き込まれたため、場慣れした貫禄を纏わせていた。


(会長は貫禄がありすぎですけど……)


 なおフェリクスから見たエヴリンの貫禄は、貴族を木っ端扱いできるような破壊神級だ。


 実際、海洋強国のパール王国が没落しかけている現状で、実質エヴリンが支配しているサンストーン王国海軍エヴリン商会武装船団のことを考えると、世界を裏から操る黒幕扱いされても仕方ないだろう。


「国境貴族は警戒を続けているか?」


「はい陛下。クォーツ民意国は理屈で行動しない素人だから、内で争っていてもいつ火の粉が降りかかるか分からないと言っていました」


「確かにな」


 ある意味で、師匠と弟子と呼べる二人のやり取りを楽しんでいたジェイクだが、仕事もしないといけないのでフェリクスに問う。


 クォーツ民意国は政治闘争を内密な処理ではなく、派手な生贄として利用したため、その情報はあっという間に周辺各国へ広がった。


 これでクォーツ民意国は外征能力を完全に喪失し、内乱で疲弊して倒れる。


 となれば万々歳だったが、相手は暴走している素人集団であり、正気を失ったまま再び攻め入ってくることも考えられたので、国境貴族の警戒は続いていた。


「国境貴族の一部ですが、劣勢の非主流側へ支援して大規模な内乱を引き起こせないかと考えているようです」


「ふむ」


 フェリクスが国境貴族の、現時点では案とも言えない考えを話す。


 一応民意で選ばれたことになっているクォーツの指導者達だが、国を率いる経歴が浅いせいで国は自分のもの。国庫は自分の財布であるという意識が薄い。


 そのため国への執着が薄く、切羽詰まった状況で金を渡せば売国奴に早変わりすることも十分に考えられた。


 つまり、政治的発言力が高い者達が金で転ぶ可能性があるクォーツ民意国は、王政とはまた違う弱点を抱えていると言っていい。


「ちなみにフェリクス君の考えは?」


 フェリクスはエヴリンから意見を求められた。


「採算が合わないかと。正直、上手く金を使えるとは全く思えません」


「せやね。国より自分っていう、クォーツ民意国の弱点中の弱点やから利用したい気持ちは分かるけど、金を使う側が馬鹿やと浪費にしかならん」


(会長に投資の価値なしと思わせるなんて、ある意味凄い)


 どうやら師と弟子の見解は一致しているらしい。


 民意が優先される国にとって不幸中の幸いと言うべきか。


 クォーツ民意国の運営など明らかに貧乏くじだと見抜いた者達は参加しておらず、青空の市民の会を構成している者達は、理念はあっても能力がないか、目先の欲に目が眩んだ愚か者の集団である。


 だからエヴリンとフェリクスに、金を渡しても碌な結果を残せないか、無駄なことに金を消費する役立たずであると認定され、図らずとも裏工作を防いでみせたのだ。


「それに明日どころか今日しか見えてない大衆と、死なないことを第一にした政治集団の組み合わせは最悪です」


「せやね政治闘争に負けたら死刑。民衆の期待に応えられなかったら集団による私刑。そして上も下も疑心暗鬼で被害妄想を爆発させとる。はっきり言って海の向こうへ放り投げたいわ」


 フェリクスが言葉を続けると、エヴリンは心底うんざりした顔になる。


(政治家は国益よりも目先の民意を優先して、民衆はなんでも願いが叶う魔法の言葉だと思い込み、実現不可能な望みが失敗すると責め立てる。そして政治家は反省する前に、保身を図って生贄を生み出さないと自分が殺される。生き死にに関わるなら上手くいく筈がない)


『なんてことですの……必ず繁栄すると言ったのは嘘だったなんて。戦争に勝てると言ったのは嘘だったなんて……これでは前の方がよかった……』


 師弟のやり取りを聞きながら、ジェイクは自分の考えを纏めていたが、急に哀れを誘うような声音の【無能】が囁く。


(その前の連中はほぼ皆殺しだ。軍の力が強いなら政府と民衆を無理矢理押さえつけられたけど、続いた敗戦でそんな余力はない。なら皆の予想通り……)


『どうかお助け下さい神様! あれ? こんなところに役立たずの政治家を排除して素晴らしい言葉を並べ、皆を導いてくれる凄いアルバート教の皆様が! ちょっとやらせてみましょう!』


(今度は宗教国家か……)


『そして神に従う国民は神の下に平等であると言い始めるでしょうよ』


(なら最初の標的も予想が正しかったら商人だな)


『金を回している者を羨み、意味もなくため込んでいるんだと思い込むのが人間ですもの。平等からはみ出たのなら叩き潰しましょう。そうしましょう』


 エヴリンですら本腰を入れて介入した場合は国庫が空になると判断した失敗国家は、更なる変貌の予兆を見せていた。

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