一方その頃・反民意

 慶事に沸く国があるならば全く逆の国だって存在する。


 勿論クォーツ民意国だ。


「……」


 政治中枢である青空の市民会のメンバーは全員目が血走っている。


 サンストーン王国への侵攻失敗、王政同盟との決戦において事実上敗北、更には国内に集積していた財貨と物資の喪失。


 一つだけでも国が傾きかねないのに、それが三つ同時に発生したのは彼らの怠慢と傲慢に楽観が合わさった結果だが、人というものは現実が回避できない段階でようやく危機に対処しようとするものだ……手遅れなことも多いが。


 その上更に、今現在でも現実を直視しているとは言い難い。


「多くの者が帰ってきません。これは王政同盟とサンストーン王国の残虐さの現れでしょう」


 市民会の実質的なトップであるアレックスは、被害や見通しのことではなく相手が悪だと言う。


 彼らの視点からでは間違ってはいない。


 サンストーン王国から帰ってこれた者は数名から数十名といった有様であり、王政同盟との決戦で敗れた者も多くが逃げ切れず倒れた。


 特にサンストーン王国との戦いでは戦史でも有数の殲滅、もしくは虐殺を受けてしまい、歴史に名が残ることだろう。


 勿論これはクォーツ民意国から見た視点であり、サンストーン王国貴族達の日記には、愚かな野盗をほぼ皆殺しにした。偉大なる祖国万歳。国王陛下万歳。といった内容が書かれている。


 話をアレックスに戻すが彼の目もまた血走っている。


 二つの侵略。特にアメジスト王国への攻撃は彼らに言わせれば民意を広げるための聖なる行いであり、青空の市民会が主導して行ったものだ。それが失敗したとなれば当然責任は青空の市民会が持つものであり、何かしらの対応をする必要があった。


 そしてアレックスを含めた主流派にはとっておきの対応があった。


「それにしても……まさか民意を否定する売国奴がいるとは思いませんでした」


 とっておきを知らなかった市民会のメンバーがぎょっとする。


 身内に裏切り者がいることに驚いているから。ではない。


 全く身に覚えがないのに突然やって来た兵士に拘束されたからだ。


「な、なにをする!?」


「離せ!」


「突然何を!?」


 拘束されたのは戦争で現場を指揮していた者の親類縁者、もしくは繋がりが深い商人などだ。


 当然、アレックスを含めた主流派の中にもそのような人間はいるため拘束……される筈がない。


「売国罪。民意に対する裏切り罪。判決は死刑。縛り首だ」


 正式な裁判官なし。弁護人なし。罪状は死刑であるとアレックスは宣言する。


「こんなのおかしいだろ!」


「俺は何もしてない!」


 拘束された者達が叫ぶ。


 全くおかしくない。権力を手にした者は失敗をしない。失敗するのは下の者であるという理論はいつものことだ。何もしていないと叫ぶのも愚かだ。保身を図っていないから死ぬことになる。


「俺を殺せばどうなるか分かっているのか!?」


「天罰が降るぞ!」


 そして最後の場でこの程度のことしか言えないから、生贄として選ばれる理由を証明しているようなものだ。


 少なくとも政治闘争の場で悪行には悪行が返ってくるなどと言うのは無意味であり、彼らは無理矢理牢にぶち込まれた。


 数日後。


 クォーツ民意国の首都広場では小石の雨が降った。


「裏切り者ー!」

「売国奴がー!」

「死ねー!」


 特別に組み立てられた死刑執行場に立たされ、ご丁寧に裏切り者。反民意。などと書かれた看板を首から提げて者達に、首都中から集まった老若男女が小石を投げる。


 家族を失った者や義憤を覚えた者。そして単に騒ぎたいから集まった者達が叫び、広場には異様な熱気が漂っていた。


「静粛に!石を投げるのを止めよ! これより死刑を行う!」


 私刑の間違いだろうと突っ込む人間は存在せず、罪人はがっちりと押さえつけられて首だけを突き出す形になる。


「いやだ! いやだああああああっ……!」


 元々は身なりがよく、青空の市民会でのし上がってみせるという野心もあった人間の首が、振り下ろされた剣と共に散る。


 アレックスが命じたのは絞首刑だったが、政治的混乱でいつの間にか変化しているようだ。


「わーーーー!」


 そして大きな歓声。


 売国奴が死んで嬉しいのだ。裏切り者が死んで喜ばしいのだ。嬉しく喜ばしい雰囲気を感じて楽しいのだ。


 正しいことをしている祖国の邪魔をして、身内を死へ追いやり、賑やかな娯楽を提供してくれた者に望まれているのは死刑だけ。


 そして残った青空の市民会のメンバーは、生贄に矛先が向いて胸を撫で下ろす。


(次は自分だ……)


 だが安堵した後に浮かんだのは恐怖だ。


 特に切り捨てられやすい非主流派の者達は、市民がこれに満足せず暴走すれば、次の生贄は自分だという自覚がある。


 ならば躊躇などしていられない。水面下で結束を強めた非主流派は、これ以上ない国難をほったらかしでアレックス達を追い落とすために画策を始めてしまう。


 悪行の報いが必ず返ってくると思うのは夢の類だが、恐怖を与えたなら凶行を引き起こすのは当然の話だ。


 民意を広めるという理想は早くも砕け散り、愚かな大騒ぎが再び始まる予兆が見え隠れしていた。


 尤も主観と自己保存を持つ生物である以上、全て仕方ない話なのだろう。

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