慶事

 クラウス王子ご誕生。


 この慶事はすぐさまサンストーン王国全土に齎された。


「なんと目出度い」


「まさに」


「うむ」


 その慶事の発生地であるサンストーン王国王城では、苦労人筆頭のアボット、政務担当のキッシンジャー、軍事担当のヘイグ。この三公爵が集まりほっと胸を撫で下ろしていた。


「これでサンストーン王国も安泰というものだ」


 逞しいヘイグが最も大きな心配事の一つが片付いたと喜び、アボットとキッシンジャーが頷く。


 好色な割に子供が少なかった前王だが、神スキルを持っていた長男レオ、次男ジュリアス、更に一応の三男ジェイクと男児が続いたためそれほど問題になるようなことはなかった。


 問題があるとすれば娘がいなかったため、次代でサンストーン王家と直接繋がりがある家がないといった程度だろう。


 しかし前王はいなくなり、レオとジュリアスが死んだことで王位継承権の問題はさっぱりと片付いたが、それは血筋を繋げなければならない王家にとって大問題だった。


 そこへ唯一のサンストーン王族であるジェイクに息子が生まれたのだから、次の代を考えなければならない公爵達にはこれ以上ない吉報である。


(もうあんな)


(馬鹿騒ぎは)


(ごめんだ)


 疲れ切ったような三公爵の考えは一致している。


 ジェイクは前々から最初の男児を後継者にすると三公爵に言っており、彼らも心の底からそれを支持していた。


 後継者を定めない前王のせいで一時期だけとはいえ国が割れたのは、貴族にトラウマと言ってもいいものを植え付けており、もう二度とあんな騒動は嫌だと思わせていた。


 ただ一点、ある意味で彼らの気持ちが外れているのは……。


(揉めないなら普通でもいいじゃないか)


 彼らは知らないことだが覚醒した【傾国】の子供が普通な訳がない。


 ◆


 王都以外でも喜びに溢れている地がある。


「ばんざーい!」


「ばんざーーーーい!」


 完全にお祭りムードになっているのは、ジェイクが大公時代を過ごしたアゲートだ。


 アゲート大公からサンストーン王に駆け上がったジェイクは、現地の人間にしてみれば出身は違っても地元の大将のようなものであり、長男の誕生を大いに喜んだ。


 勿論、サンストーン王国の情勢がそのままアゲートの安全保障に繋がるため、心情的なものだけではなく政治的にも喜ぶべきことだった。


(陛下、おめでとうございます!)


 そんなアゲートの地の管理人であるチャーリーもまた当然喜んでいた。しかもである。


(どうか無事に生まれますように……!)


 彼の妻であるエミリーの妊娠が発覚したため公私共に絶頂期にあるチャーリーは、アゲートで一番幸せな男だろう。


 つまりあとは落ちる必要がある。


 急な不幸とかそういう話ではなく、具体的にはいつも通りの仕事の苦労で。


 一方、チャーリーには及ばないが苦労人であるお婆は……。


「順調じゃの」


「そりゃよかったよ」


 妊娠している元部下、デイジーの調子を確かめていた。


「王子が生まれたってね」


「うむ。そうなると……」


「遠慮する必要がなくなったから……」


 デイジーが世間話のつもりでお婆に話しかけると、二人の脳内では共通の人物が浮かび上がる。


『僕、頑張ります!』


 黙っているだけでも世の男を虜にする最高傑作が満面の笑みを浮かべ、子犬のような尻尾をぶんぶんと振り回しているイメージだが、お婆もデイジーも間違っていないと思っていた。


「まあ、あ奴は好きに生きるといいわい。それより亭主はどうした?」


「戦後処理で忙しくしてるけど、堅気に戻る準備もするって言ってたよ。なんだかんだ貯金もあるしね」


「そうか」


 まさに好き勝手に生きているリリーのことを一旦置いたお婆は、デイジーに夫であるアイザックのことを尋ねた。


 アイザックは子供が生まれることを契機に傭兵を引退するかと考え、契約を更新しない方針を定めていた。


「国も人も、先のことを考えられるのはいいことじゃ」


「言えてるね」


 着の身着のままで祖国を飛び出し先のことなど考える余裕がなかったお婆とデイジーは、サンストーン王国の地盤がまた一つ固まったことを喜んでいた。


 そしてまた別の苦労人……というか苦労集団、戦争分析班は……。


「……」


 ……疲れているようだ。


 ◆


(やった!)


 サンストーン王国の王都から最も遠い場所でも、第一王子誕生は喜ばれていた。いや、大喜びだ。


(ほんっとに! あんなのは! 二度と御免だ!)


 エバンを筆頭に、クォーツ民意国との国境を守る貴族達の脳裏にあるのは、アボット達と同じく散々に振り回された内乱だ。


 しかもこちらは旧サファイア王国の侵攻と重なったため、人一倍国内の安定を望んでいると言っていい。つい最近クォーツ民意国が攻め込んできたから猶更だ。


(国防計画の実行も完璧だったから怖いものなんてないぞコラ!)


 その喜びの勢いのまま、国境の貴族達はクォーツ民意国に悪態を吐く。


 ジェイクがサンストーン王となって初めての国家間戦争は完勝に終わり、武名と権威は更に確固としたものになった。


 エバン達のように武功で成り上がった者達は、勝つための準備を惜しまず、そして勝たせてくれる主を何よりも求める。


 その点ではエバン達もまた幸せの絶頂にいると表現できる。


 少なくともまたクォーツ民意国が馬鹿騒ぎを始め、げんなりするまでは。


 ◆


 ではその慶事の爆心地はどうか。


『まあまあ。目元が貴方に似てますわね』


 近所のおばちゃんのような存在がいた。


(生まれたばかりの子供と目元って似るのか?)


『おほほほ』


 そんな【無能】に対処しながらジェイクは、我関せずと言わんばかりにすやすやと眠る我が子を見る。


 現代の王としてはかなり子供と一緒にいる時間が多いジェイクだが、親子間の意思疎通が少なく国が乱れた前例が最近あるので、家臣たちはそれを防ぐ最初のステップだと思っていた。


 具体的な例は長男の予定をぶち壊して戦地に赴いた前王とか、次男の反乱で幽閉された前王とか、三男にいない存在として扱われた前王とか、である。


 親としての参考例が少ないジェイクだが、反面教師の質は素晴らしいものがある。


「寝返りはいつ頃だっけ? って一昨日聞いたか」


「私が言う前に思い出したか」


 クラウスの成長が気になるジェイクだが、つい最近に同じようなことを尋ねたことを思い出し、レイラが我が子には見せないニヤリとした笑みを浮かべる。


(いつ頃言葉を話すかなって二日連続で独り言を呟いてたのは、気付いてないみたいやな)


 なおそんなレイラだが、エヴリンにしっかりと独り言を聞かれていたため、似たような笑みを向けられていた。


「そう言えばリリーさんは黒真珠の最年少でしたか?」


「はい! ついにお世話する側になりました!」


 少し離れたところで話しているイザベラとリリーもニコニコ顔でクラウスに意識を向けており、特に普通の人生経験に乏しいリリーは、子供の面倒を見る機会を得て嬉しそうだ。


「これなら名前でも呼んだ日には大騒ぎだ」


「こっそり吹き込んでない?」


「なに。最初は父と母だ。我々はお婆ちゃんと呼ばれないようにする必要はあるがな」


「クラウスに歳は言わない」


「そうしよう」


 ゆっくりとお茶を飲んでいるアマラとソフィーにも笑みがあるものの、自分達の実年齢のことを思い出し、お婆ちゃんと呼ばれることだけは阻止しようという意見が一致した。


 まだ穏やかな凪のひと時である。

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