次の命
ほぼ誰も知らないことだが、現在のサンストーン王国王城は最も危険な場所と化している。
最強とは言えないが最古の魔法使いであるソフィーによる感知網。
王城に紛れ込んでいるスライム達の監視。
恐ろしい裏の技術を宿したリリーが張り巡らせている必殺圏。
なにより出産を控えて普段とは少々違う精神状態の【傾国】の力。
つまり、熊と大蜘蛛が掛け合わされた怪物の巣よりも恐ろしい場所が今の王城であった。
(いよいよだな)
そんな王城のジェイクの私室で、レイラがゆっくりとお腹を撫でる。彼女は感覚で出産が近いことが分かっていたが冷静そのものだ。
その代わり……。
「人生で一番緊張してる気がする。いや、気がするじゃなくて間違いない」
普段の私生活ではボケっとしているジェイクが緊張していた。
ただ、感性が少々独特なため一見すると普段通りのようだが、レイラを含めた女達全員が言葉通りな彼の緊張を見抜いていた。
「これから暫くはその緊張が連続して起こるんやで」
「うん」
「……」
「エヴリンさん、僕を見られても……」
エヴリンが敢えてからかうように、自分達も出産する予定があるぞと匂わせた。しかしジェイクに打ち返されると、なにか話を続けてくれとリリーに視線を送って断られた。
(エヴリンさん、そういうお約束なんだろうか……)
しまいにはリリーに、ある種のお約束なのではないかと思われてしまう。
「父と呼ばれた時の反応が楽しみだ」
「庭園をスキップしている可能性が高い」
「なんて楽しみな」
アマラとソフィーは、こんなジェイクが息子に父と呼ばれたらどうなるかと想像して、イザベラは楽しみで楽しみで仕方ないとばかりに微笑む。
「本当にスキップするかも」
「なら私もそうしよう」
双子姉妹の想像通りになりそうだと頷いたジェイクに、レイラも母と呼ばれたら同じことをするかと冗談を口にする。
「孫ができたらどうなることやら」
「二人で歌いながら王城を歩く?」
仲睦まじいジェイクとレイラに、千年生きているアマラとソフィーが随分と先のことを考えた。この二人の人生では、子供が生まれたならその次の代もあっという間に訪れるため、単なる世間話のようなものだ。
「孫かあ。甘やかして怒られる未来が簡単に見える。ねえレイラ」
「確かに。加減しろと注意されそうだ」
「それにそのタイミングなら、王位を譲って隠居状態か寸前だろうから時間が余って、余計に孫の相手をしてそう」
双子姉妹の話を聞いていたジェイクとレイラもまた先のことを想像したが、よくある爺さん婆さんになっているようだ。
(ふふ。孫か。まだまだ先の話になる)
しかし、レイラはまだ気が早すぎたなと心の中で苦笑し、ポンポンとお腹を軽く叩いた。
「ふむ。そろそろ産まれます」
「え?」
「分かった」
突然レイラが立ち上がり出産を宣言するとジェイクは混乱し、アマラ、ソフィー、リリーが立ち上がる。
「頑張ってねレイラ……」
「ああ。すぐ終わる」
「あ、うん」
産む本人より緊張しているジェイクだが、レイラの力強い断言には頷くしかなかった。
そしてレイラは産婆の経験があるアマラ、ソフィー。人体について熟知し過ぎているリリーと共に別室へ向かい、残ったジェイクはじっと待つしかなかった。
それから十分ほど。
「大丈夫ですよジェイク様」
(それにしても産まれるというか【傾国】の力で産むというか……)
「うん」
同じく残ったイザベラがジェイクにそっと語りかけながら、レイラの言葉を心の中で僅かに考えた。
考察と推測だらけの【傾国】だが、レイラのそれは人知を超えた領域にあるのは間違いなく、出産にも作用することは十分に考えられた。
「まあ、本当にレイラの言う通りすぐ」
続いてエヴリンが話を引き継ごうとした時である。
「産まれた」
「え?」
「はい?」
扉から出てきたソフィーの言葉に、ジェイクとエヴリンはポカンとした顔になり、イザベラはやっぱり……と言いたそうな表情を浮かべた。
「産まれた? もう?」
「そう」
「えーっと……」
「普通は数時間だけど、レイラに関しては常識を捨てるべき。そして母子共に健康。クラウスは産声を上げたけど立ち上がったり話したりはしなかった」
「な、なるほど……」
瞼をパチパチと動かすジェイクに、ソフィーは淡々と結果を報告するが、立ち上がったり話したり云々は冗談だろう。
「じゃあ会いに行く!」
気を取り直したジェイクは直ぐに部屋を出ると、出産用に準備していた部屋に向かう。
「入るよ」
「ああ」
扉から聞こえてきたレイラの声はあまりにも普段通りで、彼女が出産を終えたばかりだとは誰も思わないだろう。
そしてジェイクが部屋に入ると、望み通りの光景があった。
周りの物も含め全てスキルによって清められ、ベッドの上で身を起こしているレイラの腕の中に、布で包まれている小さな命がいた。
「レイラ、大丈夫?」
「ああ」
ジェイクは出産を終えたばかりのレイラを気遣うが、彼女は元気そのものであり、安心すると腕の中にいる子供を覗き込む。
旧エメラルド王国を飲み込み、旧サファイア王国、クォーツ民意国を退けた強国を背負って立つ子。
そして完全覚醒を果たした【傾国】の血を継ぐ者。
それが王太子クラウス・サンストーン。
だが今は……。
「お父さんだよ」
「お母さんだぞ」
ポロリと涙を流した父と微笑む母に祝福された赤子だった。
『おーーーーーほっほっほっほっほっほっほっ! オリヴィア、貴女の初孫ですわよ初孫! おほほほほほほほほほほ! ま! これから軽く十人以上は確定してますけどね! おーーーほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ!』
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