忙しい平穏

 サンストーン王国は平穏を迎えていた。少なくともジェイクとレイラの子供の名前で騒げる程度には。


『有能王子。有益王子。重宝王子。色々考えたのですけど、全部没になってしまいましたわ。失地王子は流石にお勧めしませんわね』


(そんなのから選べるか!)


 ジェイクは自室のソファに腰掛けると、全く役に立たない【無能】にツッコミを入れて却下した。


 名とは一生使うものであるため妥協ができないのに、【無能】はわざわざ選ばれるはずのない名を列挙するのだから迷惑としか言いようがなかった。


「中々面白い体験だったというか。王族の名で似たようなのが多い理由が分かった」


「確かに」


 レイラの言葉にジェイクも同意した。


 千年近く歴史があるサンストーン王国ともなれば、様々な理由で縁起が悪い名前が多々存在しているし、更に臣下と名前が被れば非常にややこしくなってしまう。そのためジェイクとレイラは、歴代王家に似た名前が多い理由を実感していた。


「ああどうしましょう。私、興奮して興奮して……」


「僕もです!」


 一方、色々と壊れているのがイザベラとリリーだ。


 この千年生きている怪物スライムと、殺しの技術が生み出した最高傑作は、ジェイクとレイラの子が生まれるのを楽しみにし過ぎて、落ち着きを失っていた。


「二人ともこっそりお菓子をあげるタイプやから、気をつけんとなあ。そんでやっぱりリリーは優しいお姉ちゃんポジションを狙ってるで」


「私もそんな気がする」


 そんな彼女達を見てニヤリと笑ったエヴリンに、レイラも思わず同意してしまった。


「そう言っているエヴリンもかなり怪しいな」


「鏡を用意しておく」


「人のことを言えた口か。お前もかなり怪しいぞ」


 アマラとソフィーもまたじゃれ合いながら、レイラのお腹に視線を送っていた。


(母さんはどんなふうに俺の名前を考えたんだろうな……って言うかお前が拒む名前があったから、余計大変だった)


『高名な騎士を複数抱えていようが、その騎士連中が痴情のもつれと内ゲバ。息子との仲も拗らせて死ぬ馬鹿騒ぎ王の名前なんて、縁起がくっそ悪いですわよ!』


(そんな話聞いたこともないんだけど)


 自分の母はどうだったのだろうかと考えたジェイクだが、一応親とも言える【無能】が妙に拒否する幾つかの名前があったことを思い出した。


『ま、働き過ぎてこのおじさん誰? と言われないようにすることですわね!』


(ここ最近の忙しさを考えると冗談になってない……立ち直れなくなるかも)


『おほほほほほ!』


 茶化すような【無能】の声音だが、ジェイクは対クォーツ民意国での忙しさを考えると、本当に自分の子供が顔を忘れるのではと危惧してしまう。


 更には王位継承争いで情勢が不透明なパール王国と、崩壊の兆しがある王政同盟が合わさると、ジェイクが完全に休めるのはまだまだ先の話になりそうだ。


「お父さんも頑張ってるから、頑張って生まれてくるんだぞー。あれ?」


「蹴ったな」


「つまり返事だね」


「そうかもしれん」


 ジェイクがレイラのお腹にいる子供に語り掛けて手を添えると、僅かな振動を感じて彼女と目を合わせる。


 それは間違いなく子供がレイラのお腹を蹴って発生した振動であり、両親はそれを返事だと解釈してうんうんと頷く。


『今から親馬鹿発揮してどうするんですの。これは私がしっかりと教育する必要がありますわね! おほほほ!』


(まあ……前にも言ったけどそれが一番なんだよな)


『では予約ということで』


 相変わらずの【無能】とジェイクだが、当然ながら王太子の教育係は色々と負担を背負う。


 中でも王と王妃が傍にいるのにその子供を叱れるのかという問題は、古今東西どこの王宮でも付き纏い、教育係が頭を痛める最たる要因だろう。


 尤もそんなことは【無能】にとって無縁であり、ジェイクも遠慮なく叱る様子がありありと想像できるので、その点でもこの自称できるお嬢様が教育係になれば助かった。


『武術指南はリリーがこっそりしてそうですが。そうすると、最強の王子が誕生してしまうかもしれませんわね』


(ついに冒険王子の称号を譲るときがきたか……)


『まだその称号を持ってたつもりとは……』


【無能】の捕捉にジェイクがどこか遠くを見るような目になり、息子に長年所持していた称号を譲るときかと感じ入る。


 尤も覚醒している【傾国】と殺人兵器の完成形である【傾城】が教えを施した子ならば、単身で未開の地を冒険して帰ってくる程度は容易くやってのけるだろう。


「さて、出産は明後日で間違いないか?」


 ソフィーとのじゃれ合いを終えたアマラが、レイラに最後の確認を行う。


「はい」


 通常なら母親に出産日を聞くのは意味のない行いだが、理屈が通じない存在と化しているレイラは断言した。


 明後日ついに、サンストーン王国の未来を担う子が生まれるのだ。


「ようやく会えるな。クラウス」


「ふー。ドキドキしてきた」


 お腹を撫でるレイラと、彼女より余程緊張しているジェイクが肩をぐるりと動かす。


 また両親の声が聞こえたのだろうか。


 賢王どころか全知未踏の領域に足を踏み入れる資格を持ち、クラウスと名付けられた子が、眠たいんだから寝させろと抗議するかのように母を蹴った。


『おほほほほほほほほほほ! おーっほっほっほっほっほっほ!』


 先程より更に強く抗議した。

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