凪に向けて

(俺の代は色々と諦める……)


『おほほほほほ! 息子に馬車馬の如く働く父の背中というものを見せてあげられますわね!』


 国境の防衛線と軍による人海戦術の死体処理、クォーツ民意国への上陸作戦。必要なこと全てを終えたジェイクは過労死を危惧して【無能】が笑う。


(親族が多いと揉める原因。いないと過労死の原因。調整が面倒すぎるよな)


『実感がこもってますわね』


 揉めた親族がいなくなり、王族の役割分担ができない王が遠くを見る。


 普通に考えたなら王家の長男が王となり、分家するか途絶えた家を再興した弟、もしくは身内が嫁いだ親戚が軍権を預かって国難に立ち向かうだろう。


 しかし長男のレオからして前線で好き放題戦いたい病。次男ジュリアスはレオの足を引っ張りたい病。父はどっちを選んだらいいか分からない病で死去したため、負担が全部ジェイクに降りかかっている有様だった。


(帰ったら子供のことと、戦後処理か)


『アルバート教にお礼の手紙を認めないと。うちに侵入してきた者達の中に、お宅の司祭が主導して、神の名を持ち出して攻め入って来たのですが? と』


(破門したから関係ないですって言うに決まってる)


『まあ。神を敬っている礼儀正しい方々なのですから、きっと過ちを認めてくれますわ。うちの教育が間違っていたので、皆様にご迷惑をおかけしています。とね』


(絶対にない。神が過ちを認めるはずがないし、信徒はそれ以上にありえない。自分達の過ちを謝罪したら神の顔に泥に塗る。もしくは自分達の行いは正しいから神罰もない。だから謝らなくていいと思ってる。あったとしても、当事者がとっくに死んでる千年後の話だ。ま、王も謝れないから同じだな)


 ジェイクと【無能】の会話が続く。


 周辺国家の戦力が低下した現状、ジェイクにとっても最大の仮想敵はアルバート教の狂信者であり、神を言い訳にしてなにを仕出かすか分からない怖さがあった。


「陛下。王都が見えました」


「うむ」


【無能】との会話に集中していたジェイクは、男に化けているリリーの言葉に頷く。


 少々留守にしていた王都を目視した軍は心なしか足取りが軽くなり、背が伸びて胸を張っている。


 一方、堂々と帰ってくる軍の姿は城壁の兵や外にいた市民達からもよく見えた。


「軍が戻って来たぞ!」


「おおおおお!」


「お帰りなさーい!」


「ご勝利おめでとうございます!」


「国王陛下万歳!」


「サンストーン王国万歳!」


「勝利王陛下万歳!」


「常勝王陛下万歳!」


 一瞬で沸騰した人々は、帰還する軍を歓迎する叫び声をあげる。


 よく分からない内戦で混乱していた王都は、分かりやすい勝利を求めていた。そこへ軍の帰還より先に齎された一報は、恐るべき蝗達を駆除し終えた上に貯め込んでいた財宝を奪い取ってきたというものなのだから、燃え上がるのも無理はない。


 その中には、関わった戦いを全て勝利で終わらせたジェイクを勝利王や常勝王などと呼び出す者までいた。


『聞きまして常勝王陛下? 無敵王陛下になるために戦い続けようではありませんか』


(なんで名前なんていう副産物が目的になってんだよ)


『おほほ。それもそうですわね』


 どうせ歴史家が自分を好き勝手呼ぶだだろうと割り切っているジェイクに感動はなく、この点では名に拘ってやらかした父とは明確に違うだろう。


 そして迎えにやって来たアボット公爵も喜んでいる。


「ご勝利おめでとうございます」


「ありがとう。私がいない間、よく勤めてくれた」


「滅相もございません」


(これで胃も……)


 心の底から喜んでいるアボットをジェイクを労わる。


 なにせ王城を預かっている立場だけではなく、アマラとソフィー、イザベラという三巨頭のご機嫌伺をしていたのが彼だ。はっきり言ってそのストレスは途轍もなく、もう少しジェイクの帰りが遅ければ胃が溶けていただろう。


(皆に帰ったことを報告した後、戦塵もあるし潮風浴びてるから体洗わないとなあ)


 そんなアボットを間一髪で救ったジェイクは、呑気に家族とこの後の予定を考えている。


(僕の出番っ!)


 なお王宮の奥にある浴室をジェイクが利用する際、リリーが護衛兼世話係を務めることが多く、そのことを考えて心の中の鼻息が荒い。


 なおなお、暇なときなら二人は浴室から出てくるのが遅くなるため、その時間でサンストーン王国全体の忙しさがどの程度かが分かったりする。


 一方、アボット公爵の胃が溶けかけている原因の三人。


「大声がここまで聞こえてくるな」


「あとの仕事はレイラのお産」


「ああ、我が君」


 騒がしさに苦笑するアマラに、ソフィーはまだ控えている大仕事を思い出させ、イザベラは一人で身悶えている。


「先の話だが子のスキル鑑定をどうするかも考える必要がある。男に発現するかどうかは知らんが、【傾国】なら面倒なことになる」


「我々が把握できていないだけで、【天才】とか【王神】なんていうスキルが存在して発現する可能性もある」


「恐らくレイラさんがスキル鑑定できるので、事前に調べてリスクになり得る場合はうちから誰か適当な司祭を選び、でっち上げましょう」


 このような時でもアマラはジェイクのために、生まれた子の将来にあり得るリスクを排除する考えを巡らせ、ソフィーは冗談になっていない予想をする。そして自分の世界から帰ってきたイザベラが、さらりと軽い悪事を計画する。


 絶対に【傾国】が言葉通りの存在ではないと判断している三人にすれば、レイラの子はとんでもないスキルを所持する可能性があり、場合によっては遮蔽しなければならなかった。


 なお、その色々ととんでもないことになり得る原因のレイラは……。


「よし! ジェイクが帰ってきたな! 迎えに行こう!」


「待たんかい。身重の王妃が王城どころか王都の外に行ける訳ないやろ」


「まあ……それもそうだな」


 少し暴走しかけていたがエヴリンに止められて冷静さを取り戻す。


 そのお腹はもういつ出産が始まってもおかしくない臨月のそれであり、ジェイクはギリギリ間に合った。


「ところで前にも聞いたかもしれんけど、産まれた途端に立ち上がって話したりせんよな?」


「いくら私とジェイクの子供でも、できないことくらいある」


「こっちは産む前から親馬鹿やん」


「言ってろ」


 エヴリンはレイラを止め続けるため、冗談めかして子供のことに話題を変える。ただ、無能と万能の子供と言えどもまだ産声も上げておらず、現時点ではできることなどない。筈である。


「ほら、パパが帰ってきたぞ」


(母親の顔やなあ)


 軽くお腹を触るレイラの姿を、エヴリンは心の中でそう表現する。


 愛や恋など望めないはずだった美の化身は、唸りを上げる超常の力を秘めて母となり、もう少しで命を産み落とすだろう。


 ただその前に。


「ただいまー」


 一仕事終えた夫であり父が、呑気な声と共に帰ってきた。


 混沌の時代は僅かな凪が訪れ……そして起こる筈のない最大の嵐が控えていた。










『ええい! 物を浮かせるような能力があれば産着くらいは作れたものを! こうなっては子守歌ですわね! 安眠間違いなし! おほほほほほほほほほほほほほほほ!』

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