表向きの平穏
王政同盟、クォーツ民意国、そしてサンストーン王国。その明暗ははっきりと分かれた。
「事実上、目に見える脅威は壊滅したと言っていいか」
「ほぼ間違いない。あくまで目に見えるものは」
「そうですねえ」
三人で集まっているアマラ、ソフィー、イザベラは、エレノア教の聖職者が齎した情報で、各国の情勢を読み解いていた。
「最悪は王政同盟がサンストーン王国に攻め入ることでしたが」
「本当に最悪の仮定だったけど、確実に潰れたのはよかった」
頬に手を当てるイザベラがしていた最悪の想定に対し、ソフィーはそれが間違いなく潰れたと判断していた。
事実上独り勝ちをしているサンストーン王国を、王政同盟が危険視しているのは間違いない。そのため、王政同盟の運用が上手くいっていた場合、クォーツ民意国を占領した後にサンストーン王国と敵対することは考えられた。
しかし実際は、王政同盟とクォーツ民意国は共倒れに近い状態であり、とてもではないがサンストーン王国に構っている暇などないだろう。
「強いて言うなら王政同盟がルビー王国に攻め入る可能性の方があるか」
「王政同盟に参加せず血を流してないから、ルビー王国を見る目が厳しいものになるのは確か。でも、実際に行動を起こすほどの体力があるとは思えない。王政同盟がルビー王国に、戦費を寄越せと言い始めたらかなり危険だけど」
「民意も広まってませんしねえ……」
アマラはとんとんと自分の艶のある顔を指先で叩きながら、ある一つの想定を口にする。それに対しソフィーとイザベラも僅かながら可能性があると思っていた。
アメジスト王国と競争する形で旧サファイア王国へ攻め込んだルビー王国だが、盟主であるハーヴィーとの関係が悪く、主力の軍が水攻めで消し飛んだこともあって王政同盟には参加していなかった。
だが非協力を敵対と捉えるのが人間だ。
周辺各国が一応団結して民意と戦い血を流したのに、一国だけ参加していないのは悪目立ちしてしまう。
特にルビー王国は王政同盟と近い上に、クォーツ民意国と違って占領する際に面倒な民意が広まっておらず、その点でも利点があると言えばあった。
「貧乏な時こそ理性をなくすものですから、信徒の方に気を付けるようにお願いしておきます」
王政同盟がルビー王国に何かしらの強要をするかもしれない可能性があるため、イザベラは配下のスライムに注意するよう伝達した。
「パール王国も暫く国外への謀略など無理だろう。近隣国家は全て余力がない」
話を変えたアマラの言葉にイザベラとソフィーが頷く。
謀略に淫するパール王国だが、国王の座を巡って現在も争っている最中であり、こちらもまた国外へちょっかいをかける余裕がなかった。
つまり事実上、サンストーン王国の外敵は壊滅しており、国防での不安は解消されたと言っていいだろう。
あくまで表向きは。
「そうなると、クォーツ民意国、王政同盟からの暗殺者への警戒を上げなければな」
「はい」
顔を顰めたアマラにイザベラも表情を暗くする。
サンストーン王国の明確な弱点はやはり、王族が事実上ジェイクしかいないことだ。もし彼が死ねば王位を巡った騒動が勃発するだろう。
この弱点は今回の戦争でも露呈しており、ジェイクは軍権を預けることができる強固な関係の親族が存在しないため、自ら出陣するしかなかった。
勿論公爵に軍権を預ける選択肢も一応あったが、困ったことについ最近まで武官派と文官派で国を割っていたのがサンストーン王国であり、中立派のアボット公爵はこの両者がまた割れた時に無理矢理繋げるのが難しい。
そのため不測の事態が起こった際に押さえつけられるジェイクが、初めての船旅までしたのだ。
「船酔いの薬が効けばいいが」
冗談めかすアマラだが、幸いにもジェイクは彼女の薬が効いたのか船酔いの症状は現れなかった。
「ただ、これでジェイクの地位は盤石と言っていい」
「はい。ジェイク様を否定する者はいないでしょう」
そんな双子の姉を放っておいて、ソフィーはイザベラと話を進める。
内乱と言っていいか分からない騒動の後に再統一されたサンストーン王国は、ジェイクの統治下における初めての対外戦争で完勝したのだ。
それはジェイクしか選択肢がなかった貴族達に、ジェイクでいいじゃないかという評価を植え付けた。
更に内乱に振り回された国民は、外敵を防いだ新たな王を支持している。
もう世継ぎが誕生すれば言うことがない。
「レイラだが、出産までにジェイクは間に合うかもしれん」
「それはよかった」
「ええ。ジェイク様とレイラさんの子供に会えるのが私、楽しみで楽しみで」
医療の知識があるアマラの判断では、多分だがレイラの出産にジェイクの帰還が間に合うらしい。それに喜ぶソフィーとイザベラだが……。
「無意識にレイラが間に合うように調整しているのかもしれんが」
「ええ……」
「まあ……」
とんでもないアマラの言葉に絶句した。
「まあ、この話はいいだろう。世の中には不思議なこと、変な謎があるものだ」
「それはそう」
「確かに」
肩を竦めるイザベラ、ソフィー。アマラも長年生きていれば不思議なことの一つや二つあるものだと現実逃避する。
『子供の名前はどうするんですの! 【無能】は素晴らしい名前ですがお勧めしませんわよ!』
(急にうっせえ! それに当たり前だ!)
最早、正体を知る人間が存在しない最大の謎が、彼女達の夫にきんきんと騒いでいたが。
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