グチャグチャvs滅茶苦茶

(なんとしてでも勝たなければ!)


 アメジスト王国のハーヴィーは、王政同盟の本陣からクォーツ民意国を睨みつける。


 十一万から十二万の軍勢であるクォーツ民意国と、なんとか七万程の兵力を捻出できた王政同盟が、アメジスト王国の平野で相対していた。


 通常は兵力で劣る王政同盟が平野での決戦に挑むのは無謀に思えるが、奇妙な、もしくは面白いことに王政を維持するための王政同盟と、その対極に位置するクォーツ民意国は軍事的方針が一致している。


 即ち兵站が維持できないため、早期決着を狙っているのだ。


 クォーツ民意国軍が崖っぷちにいるのは散々述べてきたことだが、アメジスト王国だって負けていない。


 旧サファイア王国に攻め込んだアメジスト王国軍が丸々消滅したすぐ後、かなり早い段階でクォーツ民意国が攻め込んできたため国内は大混乱。とてもではないが他国の軍を養う余力はなく、また王政同盟の参加国が国境を越えてアメジスト王国に長期間物資を輸送し続けるのは無理だった。


 尤も王政同盟としては、アメジスト王国の物資を無理矢理徴収して軍を維持することもできたが、混乱が収まっていないこの国でそれをすれば、下手をすればクォーツ民意国に呼応した民衆に囲まれて圧殺される可能性があった。


 また、同じ理由でハーヴィーは大々的な徴兵を行うことができず、しかも王自ら戦場に出向かねば士気を保てぬほどアメジスト王国は危険な状態だった。


(しかしどこまで統制できるか……)


 だが不安を感じるハーヴィーには戦場での実績などない。


 これまた以前に述べたが、近代の王の中でジェイクが飛びぬけて戦場に立っているだけであり、通常の王は武力面の功績がない方が多かった。


 余談だがジェイクは参加した旧エメラルド王国、旧サファイア王国、クォーツ民意国との戦い全てに勝利しており、そのうち常勝王や勝利王と呼ばれるかもしれない。


 話をハーヴィーに戻すが、逆に彼は旧サファイア王国での敗北と、クォーツ民意国に領地を削られたことで武名はむしろマイナスであり、王政同盟からも軽んじられている。


(派遣された軍も二線級とは……!)


 しかし軽んじられようが重要視されようが王政同盟が送ってくる軍が精鋭のはずがない。


 王政同盟の参加国にすれば、維持するだけで途轍もない金銭が発生する重装騎兵などが、アメジスト王国と言う他国で失われるよりも、自国がどこかへ攻め入るときに使いたいと思うのが当然だ。


 彼らは民意が広がることに対する危機感は抱きつつも、所詮は学も統率もない蝗が集まっているだけという慢心も持ち合わせているのだ。


 更に平民相手に武功を稼ぐチャンスだと思い込んだ、今までいまいち目立っていなかった貴族。つまり実戦経験に乏しい者達が多く参戦しており、とてもではないが精鋭とは呼べない集団だった。


 だからこんなことが起こるのだ。


「総攻撃を仕掛けましょう! 平民など我らのスキルを見せるだけで壊走しますぞ! サファイア王国が平民如きに敗れたのは、サンストーン王国との戦いでスキル所持者の多くが討たれたからでしょうが、我々には十分な数がいます!」


 スキル万能論もしくはスキル解決論とでも言うべきか、スキルさえ使えば勝利できるという素人意見が王政同盟に蔓延し、それが支配的になるような事態が。


 しかしこれは仕方がない。旧エメラルド王国がパール王国に奇襲戦争を仕掛け、混沌の幕開けを宣言するまで、ここ数百年は平和の期間だった。つまり平民相手にはスキルを使えばいいという考えは貴族の中で常識となり、大地にがっしりと根を張って凝り固まった。


 その後に現れた【戦神】レオが、戦場でのスキルはあくまで手段の一つであり、相手が精鋭だろうが弱兵の群れだろうが、自軍は組織的にスキル所持者を運用せねばならない。そのために軍に所属するならば貴族だろうが珍しく平民でスキルが発現した者だろうが、確固たる指揮権の下で作戦行動を行う必要があると考えていたのは異端中の異端だった。


 このような時代の転換期に生まれたレオは、戦場での行動に限定させ後方支援が万全なら、冗談抜きに世界を粉々に粉砕できる才能の持ち主であり、もし生きてこの場にいれば、戦場に敵への楽観とスキルへの信仰を持ち込むな馬鹿め。と罵倒しただろう。


 尤も戦場外へは楽観と自分のスキルへの信仰を持っていた男だからこそ死んだのだが。


(負けるかもしれん……)


 絶対に勝たなければならないと思ったハーヴィーの気持ちはどこへやら。


 精鋭とは程遠く、言うことを聞くか非常に怪しい軍勢。彼が油断するなと釘を刺しても蔓延する楽観論。


 そんな王政同盟と対決する民意を掲げる軍勢こそが簡単に勝利できるだろう。


「昨日は飯食ってねえぞ!」


「どうなってんだ!?」


 万全であれば。


 本国からある程度補給が行われる前提で予定を組んでいたクォーツ民意国軍は、その予定が木っ端微塵に弾け飛んだことで、決戦の場に辿り着いた時にはほぼほぼ食料が尽きてしまったのだ。


 楽観論が蔓延している指揮系統もグダグダの軍と、維持できないまでに膨れ上がって本国からの補給が完全に途絶え、役割分担など望めない滅茶苦茶な軍が、今まさに激突しようとしていた。


 神と呼ばれた者達ですらあきれ果てるだろうか。それとも……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る