民意に立ち塞がる現実
「ふう。なんとか物資の到着は決戦前に間に合いそうですね」
クォーツ民意国の首脳部である青空の市民会を事実上操作しているアレックスが、居並ぶ市民会の面々にそう言いながら一息吐く。
アメジスト王国の決戦に備え、予定外の物資を運ぶために尽力したのは青空の市民会も同じで、慌ただしいながらもなんとか準備を終えることができた。
「敵は強大ですが民意に集う同志達もいます。必ず勝利してくれるでしょう」
アレックスに頷く市民会の面々だが、本気でその言葉を信じている者もいれば、王政同盟という尋常ではない事態に怯えている者など様々だ。
「それに王政同盟は決して心から団結していないのに比べ、我々は民意のために団結しているのです。烏合の衆はバラバラのまま敗れ去るでしょう」
力説を続けるアレックスは気が付いているだろうか。その言葉はそっくりそのまま返ってくる可能性があることを……。
例えば。
「きゅ、急報です。物資を集めていた軍港がサンストーン王国軍に襲われたと」
なんとか捻出した物資と金が根こそぎ奪われたと知ったとき、彼らは団結できるのだろうか?
「い、今なんと?」
「物資を。集めていた軍港が。サンストーン王国に。襲われました。恐らく全て奪われたかと……」
齎された凶報に青空の市民会の全員が真っ青になり、アレックスは思わず聞き返してしまう。だが結果は変わらず、途切れ途切れの同じ報告が返ってくるだけである。
「サンストーン王国だと!? 馬鹿な! そんなことはあり得ない!」
「誤報に決まってる!」
誤報だと決めつける彼らの認識では、アメジスト王国が反撃に出たというなら理解できるものの、サンストーン王国には自軍がそろそろ攻め入ったかという段階なのだ。
これはつまり攻め入るのは自分達だけの特権であり、自国は先制攻撃されないという思い込みと高慢の表れでもあるが現実は変わらない。
「か、確定した情報を集めましょう!」
アレックスの言葉に全員が頷いても現実は変わらない。
数日後に間違いないと分かったとき、青空の市民会は紛糾した。
「どうするのだ!?」
「捻出できるギリギリの物資と金を集めていたのに!」
「逃げ出した者達は全員を縛り首にするべきだ!」
アメジスト王国との決戦に勝利して、より大きな富が返ってくるための投資や必要経費と言い聞かせて捻出した物資や金が、丸ごと奪われたのだから紛糾しないはずがない。
しかし軍港に物資と金を集めることは青空の市民会が決定したことであり、下手をすれば彼らの責任問題になる。そのため悪いのは現場の人間だということにした。
「だが港に攻め入ったということは、こちら側の攻撃に対する備えが薄い筈だ」
「それは……確かに」
直面した問題に目を逸らした誰かの言葉に多くが頷く。
常識的に考えると五万近いクォーツ民意国軍に対抗するなら、サンストーン王国軍も総力を挙げる必要がある。それなのに港へ攻撃を行ったということは、大軍に対抗できないためクォーツ民意国の心臓部を破壊し自壊を狙ったに違いないと思ったのだ。
尤も事実は五万近い軍勢がほぼほぼ殲滅された上で、そのまま港を襲われたというものだが。
(まさかとは思うが……裏切り者がいるのでは?)
この事態はまた別の問題を引き起こし、幾人かの人間に疑心暗鬼を植え付けた。
アメジスト王国に物資と金を送る作業は突貫で作られた計画であり、サンストーン王国が奪う準備を整え実行するなら、かなり早い段階で察知していなければならない。
それは青空の市民会で揉めている段階で情報が漏れている可能性。つまり裏切り者がかなり上の人間にいることを意味している。
これも多頭の欠点かもしれない。王なら自国を売り渡すようなことはまずないだろうが、クォーツ民意国の意思決定機関の人員は寄せ集めであり、上層部だろうが他国に働きかけられて金や地位、保身に目が眩む裏切り者がいないと誰も断言できないのだ。
尤も猜疑が芽生えたところで現時点ではどうしようもない。
「とにかくサンストーン王国に攻め入った軍が頑張れば……」
「だがアメジスト王国で決戦する軍に何も送れないことに変わりはない!」
「現地の努力と工夫でどうにかなる!」
また現実から目を逸らし大国であるサンストーン王国の富を奪えばなんとかできると考えたが、アメジスト王国に攻め入った軍にはなんの援助もできない現実が立ち塞がる。
だがこれまたこの場でどうのこうの言ったところで物理的に解決できないため、途轍もない無責任だが精神論でどうにかするだろうという願望を抱いた。
ではなんとかしてくれるだろうと無茶振りされた現場はどうなっているのだろう。
「物資も金もまだ来てないだと!?」
予定通りの日程で望んでいた物が到着していない現場は酷く混乱した。しかもクォーツ民意国で船の多くが奪われてしまった結果、この物資が送れないという情報が届くことすら遅れている有様だ。
しかもクォーツ民意国は既に、なにかの手違いで遅れているのだろうと楽観できない程に兵糧はギリギリで、このままでは自壊してしまう状態だった。
「急ぎ決戦をするしかない!」
そのため彼らは傭兵との交渉を打ち切り占領した都市への支援も後回しにして、兵糧が途絶える前に無理矢理出陣した。
こうして上層部では楽観論と現実逃避が蔓延し、現場はやけくそで進撃するクォーツ民意国と……ジェイク達の予想どころか青空の市民会の願望通り、いまいち結束できていない王政同盟が激突しようとしていた。
「は? サンストーン王国へ攻め込んだ軍が全滅した?」
その頃になってようやく、半死半生でなんとか街に辿り着いた生き残りが齎した情報が、青空の市民会に届けられた。サンストーン王国に攻め入った自軍がほぼ完全に消滅した情報が……。
最早……目を逸らしても避けられない破綻はすぐ目の前に迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます