仕上げ

「船はまだ来ないのか!」


 アメジスト王国内で王政同盟との決戦が迫るクォーツ民意国軍の指揮官の一人、ディータは焦っていた。


 いや、彼だけではなく、クォーツ民意国軍の上位者はほぼ全員が焦っていると言っていい。


 如何に楽観的な軍の指揮官とは言え、流石に周辺各国が結成した王政連合との戦いが容易いものとは思っていない。


(ある程度は賄えているが、決戦を考えるとかなり不安がある……!)


 ここで問題だったのは、王政同盟があまりにも早く結成されたため、それに慌てて備えていることだ。


(だから早く攻めろと言ったのだ!)


 ディータは同僚達に怒りの念を送る。


 攻め落とした都市は国境に近い場所であるため、アメジスト王国王都から遠くそれほど発展しておらず富も食料もあまりため込んでいないことくらいは、クォーツ民意国も分かっていた。


 だから物資が尽きる前にアメジスト王国を飲み込むつもりだったのに、王政同盟が結成されたことでこのまま無策で突き進んでは危険だと主張する慎重論が生まれてしまったのだ。


 その慎重論も言葉だけなら正しい面も多少はあるが、動かなければ死んでしまう軍という現実を無視しているとしか言いようがない。


(今更怯えてどうする!)


 ディータの怒りはさらに激しくなる。


 慎重論の者達にあったのは理性ではなく、複数の王国が連合を組むという歴史上類を見ない異常事態への怯えだ。


 数を頼りに攻め込むクォーツ民意国軍は、逆を言えば数しか秀でているところがない素人集団だ。そのため戦いに敗れる。もっと言えば自分が死ぬことを恐れている者が一定数いた。


 その慎重論を持つ逃避者に無理矢理現実を見せることがディータには一苦労で、少なくない時間がかかってしまった。


(それに都市懐柔派に加え、勝手に傭兵を大勢雇っていた連中め!)


 更にディータの足を引っ張ったのは、民意を広めるという建前上、攻め落とした都市を焼き払わずに自分達のものにして、住人に素晴らしい民意を広めようとした一派だ。


 軍の指揮官格にも本気も本気で民意を広げるために戦っていると思っている者が一定数存在しており、反抗する敵とその家族は好き勝手していいが、民意を歓迎する者は同士であり救わなければならないという傲慢を抱えていた。


 これはクォーツ民意国の成立過程を考えれば、誰かが主張したなら否定できない至上のものである。だが自分達のものにして民意を広げるということは、中にいる市民を無視できずに街の管理や維持のために物資を消費しなければならない。


 更に更に決戦に危機感を覚えた別の一派は、実戦経験が豊富な傭兵たちが必要と考えてかなりの数を雇ったため、乏しい略奪品では賄えきれずもっと金が必要になった。


 この頭がバラバラでしかも勝手に動く辺りがクォーツ民意国の弱点と言っていい。


 とにかくアメジスト王国に攻め入るという目標に向かっていた多頭の怪物は、その肉に食いついた途端に各々が別に動き始め、かつてソフィーが評した通り多頭の馬鹿というべき無様を晒していた。


 このため軍はあらゆる物と金を求めており、本国に打診してそれらが積み込まれた船団を心待ちにしていたが本国の方は渋っていた。


 なにせ隣国から富を奪うために軍を差し向けたのに、逆にとんでもない量の物資を要求されたのだから仕方ないだろう。


 だが負ければ元も子もないし、決戦に勝利してアメジスト王国を陥落させれば、その比ではない利益が戻ってくると自らを納得させて承認された。


 結果、クォーツ民意国の軍港に動かせられるギリギリの物資と、改鋳して新しく作られた真新しい貨幣が集められていた。


 ただし同化政策の一環として捉えることもできるが、アメジスト王国の占領地に新しいクォーツ民意国の通貨を持ち込んでも、価値の共有に時間がかかって混乱が起こる可能性が高いが……。


「早く積み込め!」


「なんとか今日か明日中には……!」


 それはともかく、重要なのは博打で大金を手にしようとする債権者さながらの思考でポケットをひっくり返した結果、物資と金、そして同じようにかき集められた多くの船舶に積み込まれていることだろう。


 だが慌てたせいで事務作業の手違いが起こっていた。


「ちょっと待て! 聞いてたより多くないか!?」


「明らかに全部積み込めないぞ!」


「どっかで計算を間違えてるに違いない!」


 計画が突貫工事となったせいでミスが重なり、船へ詰み込めない量の物資と金が集まってしまい混乱が起こっていた。


 つまり充満しているのだ。


 背教者と認証されていない国家が生み出した、どれだけ鋳潰してもいい金の……言葉を借りるなら味が。


「よかった追加の船だ! あれだけいたら大丈夫だろう!」


 港の人夫がやって来た船の群れを見て、どうにか積み荷を全部収納できそうだと胸を撫で下ろす。


「うん? どこかが気を利かせてくれたのか?」


 管理者達は予定にない船団の到着に首を傾げる。


 これがアメジスト王国側から来た船団なら警戒しただろうが、残念ながらその反対側から来た船は意識の外にあった。敵という意識の。


「動きはありません! 旗までは見えていないようです!」


「いよおおおし!」


 陸地と同じように船も賑やかだ。


 特に響く声の持ち主は船と海で生活していた褐色の人間で、一例を挙げるとジェフやメレディスという名の男達もいる。


 彼らにとって目の前の艦隊を放っておく訳にはいかなかった。


 船でどこからともなくやってくる蝗の対処は後手に回る可能性があり、制海権の確保は必須と言っていい。


 更に間接的に王政同盟を支援して、クォーツ民意国の主力に打撃を与え、しかも取り立てまでできるとなれば動かない理由は全くない。


 遠い遠い、遥か彼方にあるサンストーン王国王宮で、裂けたような笑いを浮かべる女が金貨を弾いた音が響く。


 事実上、海洋国家パール王国の海軍の半ばを買い上げ利用していた化け物が味わった通りの場所。その心臓部に……。


「総仕上げに行くぞ!」


 ジェイクを乗せたサンストーン王国艦隊、もしくはエヴリン船団と言っていい存在が襲い掛かった。

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