死で溢れた戦い

(愚かだ)


 サンストーン王国の三公爵の内、武力担当のヘイグ公爵はクォーツ民意国の突撃をそう評した。


 スキル【遠見】のおかげで非常に視力のいい彼は、この突撃が全く制御されていない猪にすら劣るものだと看破していたのだ。


(上の頭が悪いのか、伝達に不備があったのか。本陣が動いていないことに動揺している)


 ヘイグが見たところ、本陣らしき場所にある旗は全く動いていない。これが指揮系統の壊滅を防ぐためというのなら納得できたが、問題なのは突撃した後方の部隊の旗が戸惑ったように止まったことだ。


 これが意味するところは単純明快。


 命令に不備があったのか、突撃した軍は本陣も前に出ると思っていたのに動かないものだから、捨て駒にされているのではないかと不安が蔓延したとしか思えない。


 なにか考えのことがあったとしても、兵が不安になるようなことをした時点で指揮官としては無能なのだ。


 ただ、混乱している後方の部隊と違って最前の部隊は後ろを見る余裕が全くなくただひたすら走る。


 強いて彼らが有利な点を挙げるなら、サンストーン王国軍は包囲による殲滅をしなければならないため平地に陣取っており、隠れて奇襲を行ったため柵などがないことか。


 しかし雨の矢は容赦なくクォーツ民意国を襲い続けている上に、もう一つ彼らの足を止めているものがある。


「撃て!」


「弾けろ!」


 サンストーン王国から色とりどりな力の塊が発射される。


 それらがクォーツ民意国軍に着弾すると……。


 人体は切断され、燃え、木っ端微塵の肉片となった。


「ひい!?」


「ジャ、ジャン!? どこ行った!? なんで手だけになってるんだ!?」


「なんだ!? なにが起こったんだ!? 誰か兄貴を見なかったか!? 隣にいたんだ! 隣にいたのに!」


 徴兵された経験のない農民の多くにとって、戦闘系スキルは縁がないものだ。


 更に戦闘スキルを持つサファイア王国の貴族の多くが、先に行われたサンストーン王国との戦争で失われていたため、内戦で攻撃スキルを直接体験した兵もあまりいない。


 そのためいきなり隣の人間の首が落ちただけならまだマシで、爆散したところを目撃した者達はパニックを起こしてしまった。


 尤も既に軍としての機能を喪失しかけているクォーツ民意国軍だが、それでも先頭はなんとか進み続けて、サンストーン王国軍が誤射を恐れて弓矢が放たれていない空間までたどり着いた。


「息! 合わせーーーーー!」


「おう!」


「息! 合わせーーーーー!」


「おう!」


 そんな彼らを迎えたのは、端的な言葉を掛け合わせて号令をかける現場の騎士達と、彼らに応える精鋭の兵が持つ長槍であり……。


「行くぞーーーーー!」


 見せつけるように軍の左右へ展開し、包囲を完成させようとする騎兵達という光景だった。


「おい囲まれてるぞ!?」


「どうしたらいいんだ!?」


 これから敵にぶち当たらないといけないのにクォーツ民意国軍はここでも混乱した。


 当たり前だが命のやり取りをしている最中に囲まれることを生物は極度に嫌う。そして逃げ場がないから奮起して勝利するというのは、英雄に率いられた精兵でしか成しえない。


 ましてや頭と手がバラバラで腰が砕け、足元がふらついている有象無象では不可能だ。


「突け!」


 そんなところにサンストーン王国軍の槍が突き刺さった。


 粗末な鎧は何の意味もなく貫通し、コストを抑えるために短く作られた槍は全く届かず、そもそも集団としての訓練も殆どしていないクォーツ民意国なのだからどうなるかは明らかだ。


「ぎゃっ!?」


「ひいいいいいい!」


「た、助けぎょげ!?」


 天から降る矢の次は槍が大地を赤く濡らした。


 ただただ一方的な断末魔が溢れ、命乞いは戦争の騒音でかき消されていく。尤もきちんと声が届いても無視されるだろうが。


「ああああああああああああああ!?」


 まさしく決死の覚悟で突き進んだのに、小動もしないサンストーン王国軍にクォーツ民意国軍は折れた。


「話が違う! 話が違う! 話が違う! 話ぎゃ!?」


「女も金も好きなだけって言ったのに!」


 クォーツ民意国軍の中で責任転換と現実逃避が溢れるが、サンストーン王国軍の返答は矢と一歩前進した槍だ。


「助けて! 助けてえええええええええ!」


「降伏する! 降伏!? な、なんで……」


 慈悲を乞い武器を投げ捨てようが変わらない。


 外交関係がないのに土足でやってきた押し入り強盗に、なんの慈悲をかけると言うのか。そして戦力を返すのは論外であるのに、民意という毒薬を抱えている以上はうちに抱え込む選択肢もない。


「お、俺達を皆殺しにするつもりなんだ!」


「悪魔だ……悪魔だあああああああああ!」


 蝗が悪魔だと叫ぶ。


 ここでようやく彼らは、サンストーン王国の目的が単なる勝利ではなく自分達の皆殺しであることに気が付いたのだ。


 その命令を発したジェイクは自軍と同じく小動もしないし、する必要もない。


 ただ淡々と結果を見続ける。


「進め!」


「おう!」


「進め!」


「おう!」


 一歩一歩、屍を踏みながらサンストーン王国が前進する。


(うん?)


 その時、前線の騎士は普通の敵とは違う一団を見つけた。


「ま、待て! 私達を殺せば天罰が降るぞ!」


 化けの皮が剝がれたというべきか、それとも人間とはそんなものだと割り切るべきか。


 一応前には出ていたが、信仰心さえあれば勝てると断言していたタッド司祭率いるアルバート教の一団が、積み重なる死に耐えきれず抗議したのだ。


 だが純粋な助命や降伏の言葉になっていないのは、称賛されるべきなのかもしれない。


 そして通常の司祭が戦うことを放棄しているなら殺すのはかなりマズいのだが、指揮官格は戦略方針を伝えられた時にアルバート教の背信者も例外なく皆殺しだと伝えられているし、それこそ破門されている背信者は司祭ではない。


「進め!」


「おう!」


 信仰心で勝てないことも、そして命が助からないことも証明された。


「え?」


 ポカンとしたタッド達が呟いた言葉の意味は何だったのだろうか。


 神の威光が通じなかったことに対する驚愕か。胸に突き刺さった槍に対してか。


 それとも救ってくれなかった自らの神に対してか。


 だが神が救ってくれるならば国家も、政治も、王も必要ではない。なにもしてくれないからこれらが必要なのだ。


 希望、野心、そして信仰心。


 全てに等しく死が降り注いだ。


「はあ……! はあ……!」


 羽を、手足を、胴体すらももぎ取られた蝗にとって選択肢は一つしかなかった。


 流れが急な川を泳ぎ切って逃げるしかない。


 だが泳ぎの技術を誰もが学んで知っているのは、遥か未来の夢物語だ。海岸や川が近くにあったとしても、生活のための漁でもしていない限り、泳ぐことはそうそうない。


 それでも……それでも生き残りは死なないために僅かな可能性に賭けた。


 少なくない数の人間が迫る死から逃げるために、大口を開けた死へと飛び込んだのだ。


「ごぼっ!?」


 結果は悲惨の一言である。


 パニックを起こしている者は一分一秒が惜しいとばかりに、服や鎧を着たまま川に飛び込んでしまい、その重みで思うように泳げない。また多少泳げても自然とは恐ろしいもので、流れの早い川に耐えきれず溺れてしまった。


 ただ服を脱いだ泳ぎの達者な者が上手くいったのかというとそうではなく、その服を脱ぎ捨てている間に矢が当たって陸地で絶命する者もいたし、冷たい川で心臓が止まった者。泳いでいる最中に矢が当たったり、傷が原因で失血死した者まで様々だ。


 結局川を渡り切れたのは数百名もいない程度だろう。


 そして泳ぐ勇気がなく、さりとてサンストーン王国に突撃する勇気もない、呆然としていた者達もすぐ死が訪れた。


 四万を超えて五万に届かない程度の兵力がである。


 それに生き残りはこれから、半死半生の状態で食料を現地調達しながら街へ帰らないといけないのだ。果たしてどれだけ生存できることか。


 言葉通りの皆殺しとはいかなかったが、これはもう等しいと言わざるを得ない。


「勝鬨だ!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ジェイクの声に応えるサンストーン王国軍は、その目的を半ばまで達成していた。

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