蝗の事情

 クォーツ民意国の現時点におけるアメジスト王国への侵略成功は、それを主導した地域の者達の発言力を大きく上げることに成功した。


 素晴らしい結果が発言力に繋がるのは古今東西どのような組織も共通なのだが、裏を返せば結果を出さない存在は無価値となる。


 そのためサンストーン王国の国境に近い地域は、こちらも負けてなるものかと奮起していた。


 だがである。


 結局は素人の頑張りなのだ。


「ジェイクは出てくるのか?」


「必ず出てくる!」


 会議室には熱気が籠り軍を指揮する十人ほどの男達が熱弁しているが、ジェイクと親しいどころか面識がないのに彼の名前だけを使うのは、面白い、または奇妙なことが原因だ。


 実は王政と身分階級を打破したクォーツ民意国において、それらの否定は国家の指針となっている。


 それ故に彼らはジェイク・サンストーン王の場合、国家の名前を冠したサンストーンを付けないし、王という階級も呼ばず、単にジェイクと呼称しているのだ。


 余人には奇妙に映るかもしれないが、何事も形からということなのだろう。


 そして実はこの集団、殆ど動き始めているのにまだ明確な指針が定まっていない馬鹿達である。


「周辺を飲み込むようにしてから進むべきだ!」


「いいやそれだといつ終わるか分からんだろう! 一直線に突き進み敵の重要拠点だけに狙いを絞るべきだ!」


「待て待て! ジェイクの他に一族はいないのだ! つまり奴さえ討ち取れば敵は瓦解する!」


「その前に補給はどうするつもりだ! 肥沃な場所を狙わなければ瓦解するのはこちらだぞ!」


「補給などどうとでもなる! ジェイクの首を目指して突撃あるのみ!」


 兵が集まりいつでも出陣できるこの期に及んでする会話ではないが、まず大雑把に分けると二つのグループがある。


 敵に挟撃されないようにするため周辺を攻め落とそうとする一派と、ちまちまとしたことを考えず重要拠点を狙いながら、出陣してくるであろう大将首のジェイクを討つことを主張する一派だ。


 周辺から攻め落とそうとする一派にちゃんとした理屈があるように、ジェイクの首を狙う一派にも一応の理屈は通っている。


 サンストーン王国においてジェイクの他に王族が存在しない以上、大軍を率いる軍権を保持しているのは彼一人だ。つまりクォーツ民意国にしてみれば、自分達が攻め入った後に態々やって来てくれたジェイクを討ち取ることができたなら、敵国の玉座が空位になるだけではなく、王位の正統なる継承で混乱させることができるのだ。


 そうなれば後は勝ったも同然であり、難しい問題は全て解決する。サンストーン王国に素晴らしい民意を広げ、クォーツ民意国の協力国属国にするという素晴らしい未来が待っていた。


 だが慎重論の一派からすれば、ジェイクが必ず出てくるとは限らないのに、それを前提にして計画を作られるのはリスクが高すぎるため反対していた。


 この点で旧サファイア王国の人員を粛清した影響がもろに出ている。王家や貴族の関係者を根こそぎ殺したものだから、闇の人員はクォーツ民意国に関わるのは明らかに危険だと判断して地下に潜っており、この新たな国家は碌な情報網を持っていないのだ。


 更にただでさえ面倒な話を余計にややこしくしている存在がいた。


「王都に攻め入ってもらわねば困りますぞ!」


 一団の中で最も清潔な白い司祭服を着た中年の男、タッドが甲高く叫んだ。


「二度とエレノア教の大神殿が再建されないように破壊するのです!」


 黙っていれば温厚そうなアルバート教の司祭は、この場に集まっている全員から疎まれていることを気付かないまま持論を展開する。


 クォーツ民意国の成立を助けたアルバート教の狂信者の一員タッドは、ご多分に漏れずアルバート教以外を敵視している。そして指導者であるデクスターから必ず再建されているエレノア教の大神殿を破壊し、イザベラを抹殺するよう命じられていた。


 そのためタッドの立ち位置は積極策を推し進める者達に近いのだが、その一派からは歓迎されていなかった。


(アルバート教め! 好き勝手しやがって!)


 以前にも述べたようにサンストーン王国に近い地域の者達は、特にアルバート教の世話になっていないため信者の数もそれほど多くない。それなのに市民会はアルバート教以外の布教を禁じたものだから、この軍を構成している者達ははっきりとタッド達に敵意を持っていた。


 つまりこのクォーツ民意国の軍は、素人の集団な上に全く別の指揮系統から横やりが入り、その一応の仲間に対して敵意を持っていながら隣国に攻め入ろうとしている、歴史上最底辺に位置する存在なのだ。


 そしてそんな度し難い集団が出した結論は……。


「とりあえずサンストーン王国の国境を突破しよう。急がないとアメジスト王国に攻め入った奴らの活躍に追いつけないし、国内で軍を維持することは大きな負担になる。その時の状況に応じて決めようじゃないか」


「むう……」


「分かりました……」


 問題の先送りであった。


 既に膨れ上がった軍はクォーツ民意国内での維持を難しくしており、一刻も早くサンストーン王国に攻め入って物資を奪う必要があるのは事実だ。


 しかし、自分で編成したくせに軍の維持が困難だからという理由で、隣国に攻め入ろうとしているのだから呆れるほかない。


「では各自、早急に行動を開始しよう」


 正気を失った蝗の群れがサンストーン王国に飛び立とうとしていた。

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