港の一幕と破滅の軍勢
苦労人達が奮闘しているアゲートだが、ジェイクがこの地に再びやって来たことで殊更喜んでいる集団がある。
それは大きな恩を受けたと思っている者達だ。
「大公へ、じゃなかった。今のなし。陛下がまたアゲートになあ……」
「これは不敬罪かもしれん」
「だからなしだって言ってるだろ!」
うっかり慣れ親しんだ大公陛下と言いかけるもすぐに訂正した壮年の男性ジェフと、ニヤリと頬を吊り上げたメレディスが気安い言葉を交わす。
この褐色な肌と黒い髪の男二人は共通点がある。
ジェイクを無二の君主として捉えていること。
そして。
人生のほぼ全てを使って復讐を成し遂げた者が同胞を助けるために行った小細工と、世界を破滅させかねない金の怪物が船を買い漁ったことが偶然結びついて、船員としてやって来た元パール王国人だということだ。
だが“貝”のような暗殺組織出身ではないが、特殊な立場であった。
パール王国で被差別階級にあった、臍にパール状の器官がある臍出しと呼ばれていた者たちなのだ。
「それにしても忙しい。暇をしている人間がいない」
「んだな」
港の様子を見ながら歩く二人は普通の服を着ている。
祖国では臍を出すことを強制されていた彼らだが、ジェイクはリリーと会った時、大公時代、現在の王時代にかけて国内に臍を出さなければならない法律は存在しない。作るつもりもないと一貫している。
更に国内に存在しない差別法を適応されれば主権が侵害されるため、法大臣アボットもこれを支持していた。
だが当たり前のことではない。かつてのパール王国は海運において紛れもなく一強の大国であり、小国などではそれこそへそを曲げられて荷を止められては堪らないと、船員としてやって来たへそ出しがパール王国人に暴力を受けても黙認されることが多かった。
尤も王としてのジェイクはそんなこと知ったことではない。国内でうちの法が優先されるに決まっているだろうというスタンスだし、そもそも暗殺者を送られているのだからこれ以上関係が悪くなっても困らない。
そのためジェフもメレディスも、一部からの偏見はあるものの法で保護された人間としてサンストーン王国で扱われた。
「クォーツめ。覚悟しとけ」
「ああ」
ジェフが顔を顰めるとメレディスも頷いて同意した。
差別された彼らにとって民意が謡う平等は素晴らしいものだ。だがクォーツ民意国がアメジスト王国内で協力的だった者を一段下、非協力的だった者を最下層の差別階級に追いやっていることは知られている。
そんなクォーツ民意国の手で、歩いていても殴られず蹴飛ばされない。もしそんなことがあったとしても、捕まるのはしでかした方という当たり前を成立させているサンストーン王国は、彼らにとって何としても守らなければならないものだった。
その上、二人とも民衆が決して志のある者達ではないと実体験で知っている。
パール王国内で殆ど会うことがない貴族と違って、ジェフ達を最も差別したのは周りにいる民衆だったのだ。
制御を失えば即座に人面獣心となる集合体を、今現在のサンストーン王国はちゃんと統制できている以上、パール王国からやって来た者達が民意を支持することはない。
ここで面白い、あるいは奇妙なことは、完全に歴史の闇に消え去りながら国家を傾かせる復讐を成し遂げた怪物も、ここまで同胞達が上手くいくと思っていなかったことだ。
ジェイクの情報を知らなかった彼は、偶々エヴリンが大船団を買い上げた際に飛びつき、人夫として同胞達が送り込んだ後に、その家族の移動を手配しただけだ。
この点では少々無責任なのだが、少なくともついに内戦が始まったパール王国で被差別階級がいるよりはましだろう。
とは言え本命の復讐にほぼ全てのリソースを割いて完遂しながら、偶然もあったが空いた手でついに誰にも……少なくとも人間やスライムには気付かれず“黒真珠”すらも含めて同胞の殆どを国外に送り付けた手腕は怪物的としか表現できない。
だが……人生をかけた大望を成し遂げ、唯一の心残りも波瀾万丈ながら幸せに暮らし、自身は完全に歴史の闇に消え去った究極の暗殺者をして……。
現在の世界は予想できない混沌に満ちていた。
◆
ジェイク達にかなりバラバラだと見極められている王政同盟だが、行動自体は非常に速かった。
なぜならアメジスト王国に攻め入ったクォーツ民意国の軍勢は当初十万だったのに、今では減っているどころか増えているのではないかと推測されているからだ。
その推測は正しかった。
「壮観な軍勢だ。やはり我々は正しかった」
アメジスト王国に攻め入ったクォーツ民意国軍の指揮官の
民意という劇薬はしっかりと効果を発揮し、アメジスト王国の民は敵国であるはずのクォーツ民意国に協力する姿勢を示すものが多数続出した。
その結果、各地でアメジスト王国の民を吸収したクォーツ民意国軍はさらに膨張し、王政同盟はこのまま座視すれば破滅的な大軍勢が自国に雪崩れ込んでくると危険視していた。
なにせただでさえ補給の考えをしていない軍勢の膨張だ。
「だが食料が心許ないな。早くこの街から出陣しなければ。港の拡張と船の出向はいつになるのだ?」
本気でそれ以上でもそれ以下でもない言葉を発するディータは、自分が何を言っているのか理解しているのだろうか?
膨張した軍が飢え死にする前に次の食べ物に向かわなければならないなど、これ以上馬鹿げた話はない。
この頃には世界各地で蝗のようだと評されているクォーツ民意国の軍はまさにその通りの存在なのだ。
尤もクォーツ民意国がなにもしていない訳ではない。膨張する軍を何とか維持するため、陸路での補給は無理だと判断して港を日夜拡張して船も作り、海路で補給線の維持に努めていた。
なおこの海運の強化は、アメジスト王国で略奪した品が多すぎて本国に運びきれないためでもあり、港の拡張は国策として大量の物資と金が投入された。
「出陣の用意を急げよ!」
ディータの号令で加速する蝗達の群れ。
世はまさに混沌の最盛期を迎えていた。
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