ぐちゃぐちゃ
(勝てるはずだ)
サンストーン王国の王城、法大臣の執務室で部屋の主であるアボット公爵は頭部を光らせながら考えに没頭する。
故人の遺品や遺作と呼べるサンストーン王国の武力、並びに政治機構はジェイクがアゲートで大公をしていた時代でも築き上げ続けられていた。
その機構を十全に活用できる今現在、軍事的に素人なアボットは恐らくクォーツ民意国に勝てると思っているが、事実としてサンストーン王国と正面から戦える勢力はそうそうないだろう。
ただ相手のクォーツ民意国がアボットの常識を超えて十万の大軍を動員している上に、更にサンストーン王国にまで出陣しようとしている非常識の塊なため、予想外なことが起こらないとも限らない。
(しかし私が留守を預かることになるとは……)
僅かに胃が痛んでいるアボットは、ジェイクが留守の間に王城を預かる大役を任されている。
表向きに王城を預かっているのはもちろん王妃のレイラという形だが、過剰すぎる彼女の能力が必要な場面ではないし、アボットは色々と適任なのだ。
これはサンストーン王国で起こった内乱前からのアボットの立ち位置が原因だ。
前王に必要とあれば諫言して遠ざけられたことは、内心で前王にうんざりしていた者達からは見事な男だと思われていたし、極端なことを言えばサンストーン王国という国家に仕えていたとも見える。
それにまだ元レオ派と元ジュリアス派が完全に融和したとは言えないため、程々の立ち位置だったアボットはジェイクから見れば王城を預けるのに適任だった。
これも私心無く国家に仕え続けたアボットの人徳と言えるだろう。
代わりに気苦労を背負い込む羽目になっているが。
「情報を纏めてご報告しなければ」
だからレイラとエヴリン、イザベラ、アマラとソフィーの担当もアボットになるのは仕方ないことである。
一方その悪女達は悪女達である意味忙しい。
「ジェイクの懸念は大当たりだ」
「まあなあ」
顔を顰めたレイラにエヴリンが同意する。
ジェイクは旧サファイア王国の混乱が長引けば、最悪の場合あることと時期が被ることを懸念していた。
「恐らく大丈夫だとは思うが」
どこか遠く、具体的にはクォーツ民意国を睨んでいるレイラのお腹は膨らんでおり、順調に出産に近づいている。つまりお産とジェイクの出陣が被る可能性があるのだ。
そしてこの二人がお産のことを話題にするのは、独特な感覚で自国の勝利を疑っていないからだ。
幾らクォーツ民意国が数で勝っていようと、逆を言えば有利な点は数のことしか挙げられない。アマラとソフィー、イザベラが溜息を吐くほどにだ。
「指揮系統が曖昧とはな」
「多頭の馬鹿」
「幾らなんでもこれは……」
アマラの言葉をソフィーが端的に馬鹿と評し、イザベラも困ったように頬へ手を当てる。
アメジスト王国へ雪崩れ込んだクォーツ民意国軍はある特徴があった。
民衆の自由と平等、民意を至高として、政治も評議によるものである国家は軍勢を作り上げる時に一つの問題にぶち当たる。そう、規模が大きすぎる軍を制御できる人材がおらず、軍すら頭が複数いて多数決で物事を決める馬鹿げた集団になり果てた。
高度な教育を受けた貴族は全滅し、ベテランの傭兵だって精々が一部隊を指揮した経験程度だと考えると当然の帰結だが、それにしてもあんまりだ。
彼らクォーツ民意国軍は本当に進むことしかできない蝗の群れであり、勢いがあるならいいが迷う局面になれば、意見を纏めきれないのは目に見えていた。
そしてこの特徴はサンストーン王国に攻め入ろうとしている一派にも当て嵌まっている。
ジェイク直轄の諜報組織は何度も確認して、敵軍に一応の纏め役らしき人物はいるが明確な指揮官はいないとう間抜けな結論を王に報告せざるを得ず、ある意味罰ゲームを行う羽目になった。
だが諜報組織の苦難はまだ続く。
「アルバート教の背信者達は馬鹿なのか?」
「その、なんというか……偶に盲目的になる人はいると言いますか……」
アマラの問いに宗教関連者のイザベラは心底困った表情になる。
サンストーン王国の諜報組織もまた心底困ったのは、ただでさえ曖昧だった指揮系統にアルバート教の背信者が口を突っ込んで、エレノア教の壊滅を強く訴えていたことだ。
これがアルバート教の教徒だけしかいない軍なら機能したが寧ろその逆だった。氾濫した川からは遠い位置にある国境沿いの地域はそれほどアルバート教が盛んではなく、疫病も流行らなかったので直接世話になっていない。
そんな彼らは最近布告されたアルバート教以外の布教禁止令に反発しており、更に口を突っ込まれたとなれば明確な敵に等しい。
「新しくできた商会と癒着してる奴もいるんだろ?」
「代わりに袖の下に金やけどな」
お産の話が終わったレイラとエヴリンもクォーツ民意国について意識を向ける。
指揮系統が雑ということは備品に関する管理も雑ということだ。その雑さの果てに品質に問題があっても目溢しされ、多くの者が気付かないところで不良品が倉庫に運び込まれた。
つまり今現在サンストーン王国に攻め入ろうとしているクォーツ民意国軍は、家族が帰ってこなかったことに対する復讐心を持つ者、民意を広めたいと言う善意を持つ者、商品を売ることだけを考えている商人の息がかかった者、エレノア教を滅ぼしたいアルバート教の背信者とその反発者というぐちゃぐちゃな関係で構成されていた。
「それでも向こうは勝てると思っているから救いようがない」
ソフィーの言葉に全員が頷く。
そう、救いようがないのだ。
善意の妄信と利益、信仰が結びついて、旧サファイア王国を下して民意の国を作り、更にアメジスト王国を荒しに荒らしているという成功体験はクォーツ民意国全員が次なる成功体験を求める悪循環を作り出した。
必要なのは現実ではなく次なる成功なのだ。
ただし、偶々上手くいった成功体験に固執すると多くの場合どうなるかは……歴史が証明していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます