有象無象と一致団結
前書き
大変お待たせしました。再開してぼちぼちやっていきますので、引き続き何卒よろしくお願いいたします。
◆
「予想通り王政同盟が成立したのはいいけど……」
『おほほほほ! 間違いなく勝ちましたわね! これで枕を高くして眠れるというものですわ!』
スライム情報網から齎された王政同盟の成立についてジェイクが、かつての馴染みの執務室でぽつりと独り言を漏らすと、【無能】がいつも通りの高笑いを披露して希望的観測を述べる。
(上手くいっても途中までだろ。勝っても負けても揉めるんだから)
『ま、そうですわね』
アメジスト王国の働きかけで成立しかけている対クォーツ民意国を主眼とした王政同盟は、サファイア王国が民衆によって崩壊したことと、アメジスト王国が滅びそうな危機感から急遽成立したものだ。
つまり色々と詰める時間がない上に、発起人であるアメジスト王国は酷く弱体化している。
これでは幾ら親戚関係で纏めようとしている同盟とは言え、勝てても取り分で揉めることは目に見えていた。
いや、勝てたらいい方だ。
『誰が全体を指揮するんでしょうねえ』
(誰なんだろうなあ)
『どこが一番いい場所に布陣するんでしょうねえ』
(どこなんだろうなあ……)
『どの国が一番美味しい肉にありつけるんでしょうねえ』
(どの国なんだろうなあ……って美味しい部分に見えても毒入りじゃん。俺なら国民全体が民意を妄信してる国とか絶対統治したくない)
『確かにそうですわね!』
【無能】に淡々と答えるジェイクは天井を見上げてしまう。
強力な指導力を発揮できない連合軍は各々が好き勝手動いてしまう可能性が高く、下手をすれば貪り復讐を果たすために団結している蝗以下になり果てる恐れがあるのだ。
もし最小の労力で美味しいところだけを狙っている勢力がいれば忽ち疑心暗鬼が広がり、最悪の場合は戦う前から瓦解する可能性すらあった。
(既にその証拠があるからかなり怪しい)
『向こうの方々も緩やかな協力関係でいいとは余裕たっぷりですわね』
ジェイクが王政同盟は明確に危険だと判断している証拠の一つが、サンストーン王国側から申し込んだ協力関係をアメジスト王国が王政同盟の参加国の圧力を受けて遠回しに断ったことだ。
『堂々たる大国サンストーン王国がこれ以上伸びるのも嫌。古代王権が後ろ盾のジェイク・サンストーン国王陛下が指導力を発揮するのも嫌。実に分かりやすいですわ』
(はあ……)
【無能】に称えられた大国の国王は溜息を吐く。
通常なら藁にも縋る状況のアメジスト王国がサンストーン王国の協力の申し出を断る筈がない。なにせサンストーン王国にいる古代王権の象徴であるアマラとソフィーが看板になれば、王権を害したクォーツ民意国を討つというこれ以上ない大義まで手に入る。
つまり王政同盟の参加国にとってみればそれでは困るのだ。
アマラとソフィーが看板になれば連合の盟主は弱いアメジスト王国ではなく、逆らう訳にはいかない古代王権になる。そうなった場合は意見を押し通せず公平な被害と利益になってしまうため、王政同盟の参加国としては不都合である。
同じ様な理由で古代王権が後ろ盾となっているジェイクの参加も歓迎されていないが、単に後ろ盾だけが理由ではない。
彼は旧エメラルド王国との戦い、旧サファイア王国の侵攻に対する防衛戦、サンストーン王国の内戦を治めており、王子時代も含め近代の王としてはかなりの頻度で戦場に立って勝利に関わっている。つまり文ではなく武が尊ばれる戦争において、王政同盟はジェイクの意見を尊重しなければならないのだ。
更にもう一つ理由がある。
旧エメラルド王国を丸ごと併合してパール王国の一部、なんなら混乱しているパール王国全土も飲み込めるように見えるサンストーン王国は紛れもなく強国である。つまり素の力関係でもサンストーン王国が同盟に参加すれば無視することができないし、これ以上サンストーン王国が強大になれば手が付けられなくなると判断した王政同盟は可能であれば協力すると言って遠回しに拒否した。
(明確にアメジスト王国が王政同盟を制御できていない証拠だ)
ジェイクの判断通りこれが意味するところは、窮地のアメジスト王国が王政同盟の圧力に負けてサンストーン王国との協力関係を断るしかないほど力関係が弱いということだ。
(対サンストーン王国に変わる兆候があればすぐに対処しないといけないな。それに王政同盟のルビー王国への視線がどうも変だ)
『まあそれはそうですが、現実的に対サンストーン王国の同盟は難しいでしょうね。クォーツ民意国に勝ったところで、荒廃し切った場所を拠点に兵站の管理は現実的ではありませんわ。勿論油断は禁物ですが。ルビー王国は弱った肉ですからねえ』
ジェイクやサンストーン王国の首脳部は、王政同盟は自分達に対しなんとしてでも殺さなければならないという絶対的な敵視はしていないが、それでも脅威に感じていると判断をしている。
そのためジェイク達は対クォーツ民意国の同盟が、対サンストーン王国の同盟に変わることを警戒していたが、古代王権の後ろ盾や統治の問題があるためそう簡単には成立しないだろう。
そして話題になったルビー王国だが、元々アメジスト王国と競争していた間柄のため、王政同盟との距離があった。つまり王政同盟からすれば弱った肉なのだ。
(クォーツ民意国の兵力を引き付けてるんだから役には立ってるか。全部そっちへ行けと思うけど)
そんな王政同盟でもクォーツ民意国は半ばパニックに陥っており、国家存亡の危機と叫んでリソースを割いている。それでもなおサンストーン王国の侵攻を諦めていない一派は行軍の準備を進めており、四万程の兵力が動員されているのだから、どこもかしこも組織がバラバラだと呆れ果てるしかない。
「ジェイク様、
「うん。分かった」
思考に没頭していたジェイクはリリーの報告で我に返り、
天で青空が広がる懐かしきアゲートの地。
「整列!」
中核を成すジェイク直轄の国軍は当然として、各地からアゲートに続々と集結する兵に傭兵、猛将と知将。
左右で腕の太さが違う者。
重装甲の鎧を纏う騎士に馬。
様々な戦闘スキルを身に秘めた貴族達や、一部の特殊な生まれの人間。
総数約三万。誰も彼もが農夫ではなく人を殺すための専門家。サンストーン王国史上最大級の兵力が集結している。
「矢の数は……間違いない」
「兵糧は到着したか」
「数をきちんと確認しろ」
「国境へのルートと連絡網は維持されているな?」
「ああ。最新の情報がもうすぐ届くはずだ」
忙しなく動き回る兵站の担当官や手引書を確認する文官達。クォーツ民意国の侵攻ルートと目されているエバンの領地を確認する諜報員の本部。
あったはずの理想は後宮に潜む女達の手を借り歪ながら形となる。
品種改良されて収穫が安定している農作物を背景とした兵糧。
【戦神】の手により鍛えられた多くの兵と指揮官。
【政神】の手により整えられた行政機構と兵站の管理。
皮肉なことだが腐り果てたはずの果実は、末っ子と周りの手により一つの成果として結実した。
数で劣ろうが古代アンバー王国が滅んで以降に誕生した最初最古の王権の一つ、紛れも無き強国サンストーン王国が統一された意思の下、最新の国家でありながら貪ることしかできない蝗を迎え撃つ準備をほぼ終えていた。
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