止まれない者達

 別にどこで誰が死のうと生きようと、栄えようと滅びようと関心はない。


 神と呼ばれた者達の完全にしくじった企みも知ったことではない。


 ついに覚醒した【傾国】も今更だ。いや、それでよかったのだろう。


 かつて【粛清】が起こした馬鹿騒ぎも無駄無意味極まる。


 だが唯一の友人の忘れ形見であり、教え子を害すというなら話は変わる。


 少しだけ踵を引っ掴んで引っ張ってやろう。


 ほんの少しだけ。


 あるいは……。


 する必要すらないかもしれない。


 底抜けに愚かで間抜け、自分の首を自分で絞めたくて仕方ない種なのは歴史が証明している。


 ◆


「クォーツ民意国万歳!」


「ばんざーい!」


 クォーツ民意国の各地で歓声が上がる。


 アメジスト王国に雪崩れ込んだクォーツ民意国の大軍は抵抗する者に対し貪り、犯し、奪い続け、凄惨と悲劇をまき散らしている。だが本国にいる者達にすれば勝利を続けている栄光の軍だ。


 憎きアメジスト王国の民の存在など気にしないし、なんならついこの前まで自分達が受けていた仕打ちの仕返しなのだから、もっとしろと思っている者だっている。


「それでは今回の議題ですが、まずアメジスト王国で協力してくれた方達のことについて話し合いましょう」


 青空の市民会の議長ともいえるアレックスが告げた内容によると、アメジスト王国では敵対している者だけではなく協力者がいるというではないか。


「やはり素晴らしい民意に賛同してくれた方々がいるのですねえ」


 うんうんと頷くアレックスに他の者達もまた頷く。


 民意という劇薬ははっきりとアメジスト王国で効能を発揮してしまい、物資の提供のみならず直接行軍に参加する者だって現れていた。


「では協力してくれた方々は、栄えある我が国の国民ということでよろしいですか?」


「異議なし」


「協力してくれなくとも特に逆らわなかった方々は……下位国民とかそういう身分を作りますかね?」


「それでいきましょうか。協力者とははっきり区別するべきかと思います」


「そうですね」


 既に彼らは自分達が打ち倒した者と同じことをしている。


 圧制から解き放たれた者達が、自分達に協力しなかった存在とはいえ劣る身分を作り出し、上に立ちたがっている。


 本能だ。


 誰よりも上に立ちたがり、下の、劣っている者がいなければ我慢も安心もできない、人という種の本能が過去の自分達を塗り潰す。


「次の議題ですが……サンストーン王国の捕虜となっている貴族の引き渡しを求めている方々がいましてですね……」


 アレックスが、さあて困ったぞと言わんばかりの表情となる。


 サンストーン王国で捕虜となっている元領主の土地に住まう者達は、領主一族を惨殺して一旦は留飲を下げたが、やはり責任者である当時の領主の血を欲して騒ぎ始めていた。


 しかし、クォーツ民意国はサンストーン王国と国交がないため非常に面倒くさいのだ。


「交渉すれば案外話はすんなり纏まるのでは?」


「確かに。サンストーン王国も持て余しているだろう」


 会の参加者は楽観的とも客観的とも取れる発言をする。


 身代金を払う者がいなくなった捕虜などタダ飯食いでしかないが、一応貴族にあった者を捕虜にしておいて殺すのは外聞が悪い。そのためサンストーン王国が貴族の捕虜を持て余しているのは十分考えられることで、交渉すれば格安で売り払ってくれることも十分考えられた。


「それがですね、サンストーン王国との国境付近で侵攻論がかなり広がっているようでして、彼らと結びついて王なんぞと交渉できるか。捕虜になっている奴らを奪い取れという意見が強いらしいです」


 アレックスの説明に会の参加者達は表情にこそ出さなかったが、好き勝手言っている連中にうんざりとした。


 アメジスト王国への侵攻が大成功しているかに見える現状、その反対側のサンストーン王国との国境側で生活している者達は、かつての侵攻で家族を失ったことに対する報復を主張する者。勢いに乗り遅れるなと声高に叫ぶ者。民意を広げるのだという熱意に突き動かされている者などなどが、主戦論を広めてそれが支配的になっているのだ。


「ちょっと止めるのは危険かもしれません」


「それほどですか?」


「はい」


 完全な事実をアレックスは告げる。


 戦争に勝っているつもりの国民は暴走を続けており、それを止めようとした場合は“熱意”が彼ら青空の市民会に向く可能性が高い。


「荷馬車の増産を頑張ってもらわないといけませんね」


 サンストーン王国への侵攻がほぼ決定事項のように語るアレックスは、自軍への最低限の補給を行うために、荷馬車を製作する組合を解体してから隆盛した新興の業者達に奮起してもらうことにした。


「ノルマを課して、達成できなかったときは罰則を与えましょう」


「尻を叩く必要があります」


 侵攻の遅れはそのまま自分達への不満に繋がりかねないため、会の参加者たちは名案を思い付く。


 荷馬車を製造する者達にノルマを課して、達成できなければ罰するぞと尻を蹴飛ばせば、必ず目標とした数の荷馬車が作り出されるだろう。


「他にも剣、弓矢を作っているところにもですな」


「ええ」


 他にもノルマを課す場所は多々ある。


「行きの兵糧自体はそれほど心配しなくていいでしょう」


「ですな」


 サンストーン王国へ行くための兵糧は、アメジスト王国へ侵攻する際にクォーツ民意国の各地で善意の供出があったのでそれほど心配していなかった。


「それと……」


 言い淀んだアレックスが最も重要な本題に入ろうとする。


「アルバート教の方々と信徒の皆さんが少し……」


 アレックスの語尾が弱い。


 背信者達の主であるデクスターすら困惑していることがクォーツ民意国で起こっていた。


 デクスターに付き従っていた背信者のかなりの者が、アルバート教国建国を夢見ていたと言っていい。だがデクスターは裏で影響力を高めることを選択したため、明確にアルバート教国という形を示せていなかったのだ。


 そのせいで背信者達から不満がたまっている。だけではない。


 背信者達とは言えアルバート教が疫病を何とか食い止めたことによって、クォーツ民意国内でアルバート教徒が非常に増えているのだが、その信徒が背信者達の不満に忖度して騒ぎ始めていたのだ。


 そして、高度な教育を受けている背信者達は国家の運営に欠かせない人材であるため、このまま不満を放置するのは危険だ。しかも新たな信徒達は疫病の流行った地点の者、つまりこのクォーツ民意国において最も可哀想という弱者の権利を有している者である。


 彼らを暴走させるのは非常に危険であるからこそ、完璧に対処する手を打つ必要があった。


「アルバート教以外の布教を禁じましょう」


「そう、ですな」


 その完璧な対処法を提示したアレックスに、吊るされることが怖い者達が同意した。


 彼らは政治に携わっていい者ではないのだ。下からの反逆と死を恐れて声の大きい者に迎合することしかできず、保身と利益を最優先して国家の方針は二の次。


 だが仕方のないことなのである。


 全ては【声の大きな】民意の望むがままに。


 それは果たして抗えない力のせいなのか。


 それとも真に人が愚か故なのか。


 どうせいつか自ら滅ぶ種は今日も愚かさを証明し続ける。


 ◆


 ところでアメジスト王国の被害が大きくなればなるほど、アメジスト王国ハーヴィーの単純な計画は成功しやすくなる。


「こうも早くということはそれだけ危機感があったか!」


 ハーヴィーは喜ぶ。


 そもそもサファイア王国が民意によって陥落した時点で、多くの者が危険視して備えていた。


 しかも素晴らしい民意を広げることしか考えていないから、外からどう見えるかがクォーツ民意国には分からないのだ。


「これならまだ間に合うはずだ!」


 ハーヴィーに齎された報告は、親戚関係にある国を中心に周辺各国の多くが参加する王政同盟というべきものが形になりかけているというものだった。















 ◆


「荷馬車の車幅とか車輪って統一しないといけないのか?」


「材料が不揃いだし、お上は別にそんなこと言ってないからちゃんと走ればいいだろ。っつうかそんなこと気にするより作らねえと罰せられる」


「おい! 向こうの荷馬車を作ってるところ、また価格を落としてお上に売り込むみたいだぞ!」


「なんだと!? うちがこの前下げたばっかりなのに!」


 ◆


「鍛冶場の設備だけ買い取って剣を作ってるはいいけど、作り方これで合ってるのか?」


「なんでもいいだろ。作ったら売れるんだから」


「それもそうか」


 ◆


「サンストーン王国に攻め入りたい連中、アルバート教じゃない異教徒だろ?」


「ああ。態々協力する必要はないだろ」



あとがき

次回からジェイク視点だと思いますが、ちょっとジジババ勇者の書籍化作業と私生活が立て込んでおりまして、更新がかなり不定期になると思います。申し訳ありませんがリアル生活を優先することをお許しください。

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