みんいいいいいいいいいいい
サファイア王国、いや、元サファイア王国内で新しき国家名を定めるのは急務の事態だった。
これが中々に大変だった。
「ははは。妙なところで困ることになりましたね……」
「確かに」
元サファイア王国を主導する青空の市民会で大きな力を持つアレックスが、会議のメンバーと一緒に困ったなと苦笑いする。
まず民意の裏に潜むアルバート教や知識層には、国の名前は鉱物という固定観念があった。
原初の王権である古代アンバー王国の象徴は石の冠と呼ばれるもので、古代アンバー王国崩壊後はそれぞれの王が力ある石の名前を冠した。
「シトリンは……滅んでいるか」
「アパタイトも……そうか」
「うーむ」
そのため青空の市民会も力ある石を選ぼうとした。しかし、大抵の場合は既に滅んだ小国が使っていて縁起が悪かったり、現存する王国が使用していたので候補が限られていたのだ。
その結果、市民会のメンバーは歴史書を眺めながら、ああでもないこうでもないと頭を悩ませる羽目になった。
皮肉な話だ。
王政を打破していながら、結局彼らは古代アンバー王国が滅んでからの千年という年月と、王政の象徴ともいえる力ある石から逃れることができていない。
世界の理を破壊したに等しいのに、意識と認識が追いついておらず齟齬が起きているのだ。
「アルバート神様のお言葉を集めた経典にも、石は重要視されています。我々も候補を見繕うので、石の名になるよう調整をお願いします」
更に市民会を裏で操っているに等しいアルバート教のデクスター達は、積極的に名前がなにかの石になるようあちこちへ働きかけたため、余計に市民会の思考は硬直していた。
尤もデクスター達の本音ではアルバート神王国が最高だが、今いきなりそれをやると反発が大きいことが分かっているので、妥協した結果であった。
しかし、時間も経てば有力な候補が出てくる。
「アイオライトか」
「クォーツか」
この二つの候補もまた思考が囚われている証だ。
アイオライトはウォーターサファイアとも呼ばれるものであり、角度によって色が変わる多色性を持つ。つまり今現在の様々な民意を持つ、サファイア王国から生まれ変わった新たな国家の名前に相応しいと思われていた。
もう一方のクォーツは怨敵と関係している。クォーツの中で無色透明な物が水晶と呼ばれるが、アメジストは紫色の水晶であり、元サファイア王国を侵略してきた国の名なのだ。そして……アゲートは微細なクォーツが集まって形成される。
かつてのジェイク・アゲートがサファイア王国の侵略を頓挫させた原動力であることは、知識層であるなら多くの者が知っていた。事実はサファイア王国のほぼ自滅であったが、とにかく多くの同胞を殺したことは間違いない。
つまりアイオライトは未来を見ているのに比べ、クォーツの名はアメジスト王国やかつてのアゲート大公国に、この名がなければお前たちは存在すらしていないのだと思えることができるのだ。
無茶苦茶な理屈で度し難いとしか言いようがない。百歩譲ってアメジスト王国にはそう思えても、既にジェイク・アゲートとアゲート大公国は役目を終えている。それなのにクォーツこそがアゲートより上であるという意味を込めた名になったところで、なんの意味があるというのか。
「まあ、アイオライトだろうな」
「ですな」
実際、青空の市民会のメンバーも、クォーツは一応の候補として出しただけで、アイオライトが相応しいと考えており、予定通り市民達に意見を聞いてもそうなるだろうと考えていた。大きな大きな、大きすぎる認識の違いに気が付かないまま、民衆に名前の理由まで説明してしまう程度に。
だからこうなる。
「ウォーターサファイア? もうサファイアはうんざりだ」
「そうだそうだ!」
「別のがいいねえ」
候補となる国名の由来を聞いた男も女も区別なく、アイオライトに難色を示した。
単純な、非常に単純な話で、アイオライトの別名であるウォーターサファイアに関して、サファイアと僅かな繋がりも我慢できなかった者が多かったのだ。
「よく分からんがクォーツならアメジストより上なんだろう?」
「ルビーに対しても上ならもっと良かったが」
「アゲートってところより上になるのか。そっちの方がいいんじゃないか?」
人間の理性などはこんなものだ。
誰よりも上。あいつより上。敵より上。上、上、上。
誰かは下。あいつは下。敵は下。下、下、下。
そこに理論は必要としていない。全く理解不能な理屈でクォーツは他国より上だという思いこんだ民意はクォーツを強烈に支持した。
その民意に青空の市民会も抵抗ができなかった。
アイオライトが相応しいと思っていた彼らは、民意によってクォーツを国名にすることを決めざるをえなかった。
「ここにクォーツ民意国の建国を宣言します!」
「ばんざーい!」
「ばんざーい!」
「クォーツ民意国ばんざーい!」
青空の市民会の代表としてアレックスがクォーツ民意国の建国を宣言すると、各地の民意は新たな国家の明日を祝福する。
これ以上喜ばしいことがあるだろうか。
あったのは明日への未来ではない。誰も彼もを見下したい人間としての本能だったとしても。
そして当然の如く暴走した。
「アメジスト王国とルビー王国に攻め込もう!」
「そうだ! 民意を広めるんだ!」
「民意こそがなにより尊い物なんだ! これをアメジストとルビーの市民にも伝えるんだ!」
国名が他国より上であるとして選んだ故の必然。
攻め込んできて各地を蹂躙したアメジスト王国とルビー王国に強い恨みを持つ民は、素晴らしき民意を広めるために声を上げた。
幸か不幸か、軍が丸々消滅して揺らいでいる両国は素人目にも揺らいでいることが分かった。
ここで時間を空ければ“
民意という名の怪物は暴走を続け、青空の市民会もそれに引き摺られて戦争の準備をしなければならない。
なぜなら民意に反するものは殺されてしまうから。
立ち止まった瞬間に死ぬ領域に足を踏み入れていようとも。
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