素晴らしき民意

 サファイア王国を打倒した民衆には明るい未来が約束されていた。


 税収を搾り取っていた貴族が消え去り、市民を第一に考える者達が立ち上がったのだから当然の話である。


 だが農村部では大真面目に、皆が畑仕事をすればいいだけなのではと思っている者もいたが、流石に王都や大きな街で暮らしていた者は、設備や都市の維持に税金や政治が必要なことを理解している。


 そのため主だった者達が王城の庭で集まり、新国家のために一致団結して市民主体の政治を守るための話し合いが行われることになった。


 これが少し後に、閉ざされた場所ではなく青空の下で市民のことを考える、青空の市民会と呼ばれるようになる会合だ。欺瞞も甚だしいが。


 勿論参加者の顔ぶれも素晴らしい。


 街の顔役、銀行家、交易商、医師、組合の親方、少なからず行政と関わっていたが無位無官の者達。


 だが忘れてはいけないのが、今回の騒動で主役になった者達だ。


「皆さん、本日はお集まりいただいてありがとうございます」


 にこりと笑う三十歳の男性。アレックス。金の髪はくすんで少しやつれているが、ブラウンの瞳は強い輝きを放っている。


 彼は単なる庶民で、他にも多数の市民が彼の周りで控えている。


 これからまさに、市民のための会議が始まろうとしていた。


「早速ですが組合は解体しましょう」


「な、なんだと!?」


 アレックスのいきなりの発言に、靴、服、鞄、布、毛織物、製パン、肉屋に漁業など、様々な組合の親方達が色めき立つ。


「昔から困ってたんですよ。皆さんが仲間内でずっと値段を決めてたおかげで、物の値段が下がらなくて」


 アレックスの発言は間違っていない。


 組合は品質の維持という観点では役立っていたが、非常に排他的で自分達以外の者が参入してこようとした場合は徹底的に排除した。


 その結果生まれたのが専門分野における特権と商品の高値であり、失われたのは自由競争という値下げだ。当然庶民の視点では組合の高慢に映った。


(やっぱりこいつらを入れるべきじゃなかったんだ!)


 製鉄に携わる五十代の親方は、元々アレックスのような普通の市民を入れるのに反対であった。


 利益を得ていた組合にしてみれば、体制の破壊者である連中は敵に近く、今回親方達がいるのもその特権をなんとか守るためである。


 しかし、親方がアレックス達を排除できなかった理由は、アレックスが単に活躍したからではない。


「戦地や川沿いは復興しないといけませんから、なにもかもの値段が高いのは困るんですよ」


 これだ。これがアレックス達の背後にある同情という力だ。


 アレックスを中心とする一派は、自国から水攻めを受けて荒廃した地域の出身であり、最もみじめで辛い経験をしたと言っていい。


 つまり可哀想な者なのだ。何とかしてやらねばならないのだ。少なくとも他の地域の市民達の視点では。


 だからアレックス達が混乱した地域の人間を会合に入れろと主張したとき、市民のほぼ全員も同意したと言っていい。親方や商人など、裕福な者達はそれに抗うことができなかった。


「勿論我々だけの意見ではないですよ。市民全員がそう思っています」


 そして今回アレックスが主張した組合の解体は、実際に市民が望んでいることだ。


(反対したら……)


(吊るされるな……)


 組合の親方以外は、反対すれば市民からの反発が大きいと判断して庇うこともない。


 当たり前の話だが上に立つということは、引き摺り下ろされる側になるということなのである。そんな面倒が分かっていてこの場にいるのは志あってのことだ。


「いいではありませんか。市場を活性化させる必要があります」

(製鉄に参入しようとしたら叩き出されたからな。ざまをみろ)


 現にある商人はその志に従い、祖国を想って組合の解体を後押しした。


 余談であるがサンストーン王国において、組合はほぼ有名無実化している。


 内乱前のサンストーン王国では生前の【政神】ジュリアスが強権を使って組合を弱めており、【奸商】エヴリンも価格競争だけではなく技術進歩の面でも停滞を招くとしてそれを引き継いだ。


 尤も品質の劣化という事態を招く可能性があったが、政治団体の利権集団と化して硬直しきっていた組合は、その品質の保全すらも怪しかった。そういった類が許せない【政神】の手により、サンストーン王国で組合が排除されたのは自然な成り行きだった。


 話を戻す。


(くそが!)


 周辺を敵国に囲まれている以上、ここにいる組合の親方達は国外に逃げるという選択肢が取れない。


 そして親方達もつい先日、いや、今現在も狂乱している民衆達の力を見せつけられたばかりだ。民意という強大な力に逆らえば、待っているのはサファイア王国の貴族達と同じ末路である以上、この場で騒ぐこともできない。


「では一番重要案件、我々の理想国家の名前を考えなければなりません。しかし、それを我々だけが考えるのはよくないでしょう。皆に尋ねて幾つかの候補を作り、その中から一番人気があったものにしませんか?」


 このアレックスの意見は、別に自分の財布は関係ないため親方達以外は頷くことで賛同した。


 しかし、アレックスには才能があったのだろうか。一番最初に民意が背後に存在することを強調されれば、多くの者が歯向かえない。


 最初の会合は被害者と弱者の独壇場であった。


 ◆


「よろしかったのですか? 国名をアルバート教国に変えることや、国教に定めることもできるのではありませんか?」


 そのアレックスが会合後に頭を下げる人物。


「まだそれは性急ですからね。ゆっくりやっていきましょう」


 異端者達の指導者デクスターがそう言って微笑んだ。


 川で被害を受けたということは、デクスター達に助けられたということなのだ。


 民意の同情を集めた弱者で被害者という特権階級と、暴走する善意は密接に関わっていた。


 ただこの両者、致命的な侮りと過ちがあった。


 民を導くという侮り。しかし、目先しか見ない民意と長期的な指導者の目線は合致しないことが多いのだ。


 ジェイクは息子か孫、ひ孫の代で結果が出るならいいかと割り切れる。


 しかし、民意が望む目線の結果、成果は半年程の期限しか許さない。


 ◆


『以前、絶対に、死んでも目標を達成しろと命じ、達成できなかったら首を斬ると脅しましょう。そう言いましたわね』


(言ってたな。絶対に、死ぬことになっても虚飾を生むとか返したような覚えがある)


『その逆はどうなると思います?』


(逆とは?)


『殺しの前科がある下の者達から、必ず結果を出せと脅されることですわ』


(脅される力関係の時点でいいなり。元から無茶な要望に応じたはいいものの、結果が出なくてさようなら。そうなりたくないから上は無茶をする。全ては民意の望むがままに)


『おほほほほほ!』


 指導者と民は目線が違うのである。

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