虐政からの解放

 時間を少し戻り、サファイア王国が落日を迎えた日。


「陛下! ヒルー地方の反乱者共がこの王都へ!」


「アリアン地方からもです!」


「グラ地方もです!」


 王城に飛び込んでくる情報はどれもこれもが凶報。


 微妙に時期がずれていながら各地で発生した反乱軍は領主の居住地を焼き払うと、最終的にサファイア王国王都を目指して突き進んでいた。


「なんとしてでも王都の付近から兵を集めよ!」


 絶叫を上げるサファイア王国の国王だが、そもそも兵とは大抵が各地の領民であり、今現在反乱を起こしている真っ最中の者だ。そしてもう一つの主戦力である傭兵は、サファイア王国で通貨不安が起きた際に多くが離れており、軍の手足となるものが致命的に欠けていた。


 それに兵を集められたとしても、貴族が度重なる戦争で消耗しており、指揮官が全く足りていない有様だった。


 皮肉にも内で混乱しているサンストーン王国を滅ぼそうとした国家は、自らの内部が極限まで混乱して滅びようとしていた。


「王都の城壁を下民共が破れるはずがない! 兵さえいれば何とかなるのだ!」


 王の見解は正しいが虚勢でもある。


 確かに烏合の衆が王都の巨大な城壁を力押しで攻略するのは不可能に近い。だが生物は敵に囲まれることを酷く嫌う。それは王も同じであり、可能であるならば脱出したかった。


 しかし周りは敵国だらけで、なによりこの王はサンストーン王国に横紙破りの侵攻を仕掛けているため信用が全くないのだ。


 これさえなければ一定の利用価値ありとアマラとソフィーに判断され、ジェイクも逃げてきたなら身柄を保護しようとしただろう。だが結局は意味のない仮定だ。


 そしてこの王、他に選択肢がなかったとはいえ、既に決定的な破滅を自ら招きこんでいた。


「火急! 火急にございます!」


 青白い死人のような肌になった騎士が、その破滅の報を携えてやってきた。


「徴兵した市民共が王都内で蜂起しました!」


 場が静まり返った。


 王の周りにいた者達にも懸念はあったが、背に腹は代えられないし他に手がなかった。どうしようもなかった。


 逃げ場なし。付近からの援軍なし。自軍は数で大いに劣り、敵の侵入を防がなければならない国家存亡の危機。


 だから王都を封鎖して王都の市民を根こそぎ徴兵していたのだ。


 勿論、市民がこの戦いで活躍すれば貴族にするという、王宮の者達からすれば飴を与える布告もしていた。


 だが王都の市民は、王にとっての本拠地の労働力であり重要な税収の元である。そのため歴代のサファイア王は王都での徴兵を抑え、直轄領の農家の三男坊など燻っている者を、無理のない範囲で徴兵する傾向があった。


 つまり。


「な、なあ。王都で戦うっていっても、剣なんか握ったことないぞ」


「お、俺もだ。死にたくねえよ」


「それにこっち来ている連中は、税を払えなくなってお貴族様に無体をされたから怒ってるって聞いたぞ」


「ああ。それに王様が川を溢れさせたから、村のやつらが沢山死んだって聞いた」


「ひょ、ひょっとしてだけどよ。俺達が戦っている間に、王様もお貴族様も逃げたりするんじゃないか?」


「いや、きっとそうだ。そうに決まってる。俺達の事なんてどうでもいいから、こんな碌でもないことばっかり起こす連中なんだ! 王城にいる奴らは今頃逃げようとしている最中だ!」


「そ、そうだよな! きっとそうだ!」


 サファイア王国の王都の民は、兵にされるという免疫があまりなく、激しい拒絶反応を起こしやすいのだ。


 そして王都のあちこちで交わされる会話は思惑がぐちゃぐちゃだった。


 決死の覚悟で王都に忍び込んだアメジスト王国とルビー王国の間者による工作。単なる恐怖と不安。激しい怒り。逃げ場がないことによる視野狭窄。


 その全部が結びついたとき、市民は一つの事柄だけにしか目がいかなくなり蜂起した。


「王が悪いんだ!」


「貴族が悪いんだ!」


「立ち上がれー!」


 とりあえず全部、王と貴族が悪いのだ。と。


「俺達も参加するぞ!」


 なお体制側に悪いことに、街の治安を守る筈の衛兵も蜂起側に加わったが、ここでもまた思惑がぐちゃぐちゃだ。多勢に無勢で蜂起側に殺されるよりかはと思った者。身内から呼び掛けられた者。単にその場の流れなどなどであり、衛兵達は完全に統制から外れてしまった。


(今どうなってんだ?)


 そしてこの場の流れというものがまた厄介で、蜂起側も結構な人数が状況をよく分かっていないまま体制側に逆らった行動を起こしており、明確な目的意識を持っていない者もいた程だ。


(だめだ逃げないと殺される!)


 だが形はどうあれ王都中の市民が蜂起したのだから、王城にいた衛兵もこれは危険だと判断して多くが逃げ去った。


 その結果、王城は混乱の極致で防衛体制を整えられないまま市民に雪崩れ込まれてしまい……あとは詳しく語る必要がない当たり前のことが起こった。


 理性のなくなっている蜂起側にすれば、自分達を虫けらの様に扱った人間がいるのだから、そいつらをどう扱ってもいい筈だという理論が働き、女は辱められて男は殺された。


「後は歴史家に任せるとしよう」


 そしてここにもまた一人死にゆく者がいるが酷く達観していた。


 自国内で水攻めを行い、敵軍を消し飛ばしたサファイア王国第一王子スタンリー・サファイアは、ベッドの上でそう呟く。


 この男の行為は純軍事的に見れば正しかったとも言える。もしあの時点で水攻めを行わなければ、川を巡っての争いを収めて政治的決着をつけた二国に攻め滅ぼされ、男は過酷な重労働。女は売り飛ばされてしまっただろう。


 しかし、結果的に自国民を犠牲にした行為は、反乱の大きなきっかけを作りだした。


「この後に上手くいけばいいが」


 他人事で皮肉にも本心とも取れる反乱者達への言葉を最後に、痩せて衰弱しきっているスタンリーは息を引き取った。


 歪んだ死生観と達観を持ち常人には理解しがたい男が、王城にいて唯一殺されたのではない、病死者であった。


「待て! 待て!」


 一方スタンリーの父である王は、秘密の通路などを駆使してなんとか逃亡を試みたが、結局は捕捉されて最後にそう叫び……槍に突き刺された首となって王都中を堪能することになった。


 そして勝者である市民達は、圧制者から自由を勝ち取った快挙であると喜び、市民が主体となった国家を宣言するのであった。


 東から、西から、南から、北から、北東から、南東から、南西から、北西から集った者達。王都にもともと王都にいた者。アルバート教の尽力で奇跡的に病から解放された者達の宣言で。


 そう。この時点でもアルバート教は、元々草の根活動をしていて今回の騒ぎで人々を助けていようが、そこそこ信徒が多い一派の扱いでしかないのだ。


 この時点では。

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