準備期間
サファイア王国が混乱の極みにいるのに比べ、サンストーン王国は紛れもなく強国である。
ある程度という前置きは必要だが、各国の国力に大きな差がないからこそ平穏期、停滞期が生まれていたのだ。
それをぶち壊して時代が混沌と混乱のきっかけを作った旧エメラルド王国を完全に併呑、またパール王国の一部を吸収したことで、サンストーン王国の領地は非常に大きくなった。
勿論、単に【戦神】レオが国家の枠を広げただけで、中身が隙間だらけなら意味はないが、【政神】ジュリアスが国が亡ぶよりかはとカバーをしていたため、その点だけを見るなら問題はなかった。
だが二人が斃れた今現在のサンストーン王国は、【戦神】と【政神】並みに、あるいはそれ以上に組ませてはいけない女達がいた。
国家の規模が大きければ大きいほど、自分の庭が広がれば広がるほど手が付けられなくなる女達が。
◆
「直轄領で金が出たでー。特産品の初期報告書やけど問題なし。あちこちで捌いとるいろんな余剰在庫も、国外に高値で買い取らせた。国境貴族んとこの鉄鉱山が本格稼働しとるから、それでバンバン武器も作られとる。投資が返ってくるのは楽しいなあ。ぐふふ」
「ヤバい女め」
「誉め言葉として受け取っとくわ」
エヴリンが我が物顔で第一王妃の部屋に訪れ、サンストーン王国に舞い込んでいる富について口にすると、部屋の主であるレイラは心底呆れ果てたといわんばかりの表情になる。
「金山やら銀山やらの匂いがどうのこうのはこの際どうでもいい。だが、特産品の生産がその地にあってるかどうかまで普通分かるか? いいや分からん」
「儲け話の専門分野でエヴリンちゃんに不可能はない」
「なんで否定できないのか……」
呆れていたレイラが、ニヤリと笑うエヴリンの言葉を否定できずなんとも言えない表情になる。
以前に金山や銀山の匂いが何となく分かると豪語していた奸商は、言葉通り本当に金鉱床を当てており、本来発見に必要な時間とコストを丸々カットしている。しかもそれだけに留まらず、嗜好品や特産物の生産がその地で適しているかまで判断し、各地の市場を活発化させようとしている始末だ。
「っていうか人のこと言えんやろ。貴族が調子乗るかどうかウチ以上に分かるくせに」
「国を傾ける馬鹿になるかが分かるのは、それこそ専門分野だ」
今度はエヴリンが呆れたような表情になり、レイラが肩を竦める。
エヴリンは貴族達に飴を与えすぎて暴走しないように調整していたが、【傾国】は国を傾ける因子に敏感であり、将来的なことを含めて貴族達が浮つくかどうかを把握できていた。
「その点ではアボット公爵家は凄い。全く身持ちを崩す気配がしない」
「ずっと苦労するってことかあ」
「そこまで言ってないだろ」
「じゃあどこまでや」
「まあ、結構……」
「ずっとと変わらんやん」
レイラとエヴリンの何気ない会話で、【傾国】にこれからの気苦労を予言されたアボット公爵が逃げ切れるかどうか。それは神ですら知らない。
「うん? ジェイクがこっちに来てるな」
「ああそう……」
唐突にレイラが顔を壁に向けると、ジェイクがこちらにやってきていると断定する。それにエヴリンは、どこから来ていてなぜそれが分かると聞かず、もうなにも言うまいと諦め顔だ。
「レイラ、入るよ」
「ああ」
実際それから少し経過した後、ジェイクがリリーと共にやってきたため、レイラの断言の正しさは証明された。
「ちょっと休憩」
ジェイクは体をぐっと伸ばしてソファに座り、肩をぐるりと回す。
「常備軍の様子はどうだ?」
「元ベテラン傭兵が多いから皆慣れてるね。他の人員も片手間じゃない訓練で底上げされてるし」
レイラが問うと、ジェイクは朝から視察していた常備軍の様子を伝える。
ジェイクが軍事面で抱えている大きな計画が、常備軍、つまり農民を徴兵した軍ではなく、兵に給料を支払って常時存在する軍の設立である。
このレオが構想していた計画を引き継いだ形の常備軍は、常時存在しているが故に訓練を続けることができて練度があり、徴兵の過程を必要とせず展開速度に優れ、農民に頼っていないため農繁期を無視することができる素晴らしい軍だ。
「レオ兄上にとって最優先だったのは分かるけど……あの人金のこと考えてたのかなあ……」
「えっと、略奪して賄うとか」
「常備軍で常時略奪や」
「本気でそう思ってたとしても不思議じゃない……」
常備軍計画の元を作成した兄の思想と能力を考えたジェイクは疑問を覚え、リリーとエヴリンの推論に同意してしまう。
レオがこの理想の軍を持てなかったの理由がある。戦がない時でも雇っている兵の存在は、単純に金がかかるのだが、その金に対する能力が著しく低いため、ジュリアスと予算で揉めて計画の実行に移せなかったのだ。
勿論単なる常備軍の予算なら【政神】のやりくりでどうとでもできるが、ジュリアスはレオの増強を望んでいなかったし、何よりレオが望んでいた常備軍は単なる軍ではない。周りに存在する国全てを打ち破ることができる規模の軍を欲していたレオは、どこにそれだけの人間に加え、常時兵を雇い続けられる金があるのだ間抜けと、打算抜きで怒鳴るジュリアスと激しく口論していた。
実際【戦神】に高度な練度の常備軍を渡せば、運用面を考えなければ行きつくところまで行きつく可能性があったが、それも無意味な仮定だろう。
そして今現在のサンストーン王国の金庫番はエヴリンであり、金に限ればジュリアスを凌ぐ彼女は予算を容易く生み出している。ジェイク・サンストーン直轄の常備軍はベテランの傭兵を中心にして急速に形になっていた。
「レオの計画書があったから楽だったな」
その際に活躍したのがレイラだ。
参考にしようと元レオ派の貴族から、レオが作成した常備軍の計画書を入手したジェイクは、その中身が造語だらけで訳が分からず途方に暮れた。
いくつにも分裂した階級、多種多様な兵種、部隊の規模ごとの名称は、レオ派に所属していた貴族すら意図を把握できておらず、レオの死と共に解読不可能な物と化していたのだ。
それを解決したのがレイラなのだが、彼女はその計画書を熟読して意図をある程度把握したものの、まだ早すぎると断じ、使えるところだけを抜き取って形にしていた。
「アメジスト王国とルビー王国はあまりよくないか?」
「うん。うちと同じでサファイア王国で反乱を起こしてる者達の噂は流してるみたいだけど、軍と貴族、兵が丸々消えてるからね。レイラはどう思う?」
「まあギリギリのところだが、完全に倒れることはないと思う」
レイラがジェイクと国外について話し合う。
全ての要素を考慮した場合、世界で最も危険な女が。
『おほほほほほ。これであの神とか呼ばれてる馬鹿連中も満足するでしょうね。あ、もう死んでましたわ。おほほほ』
それを危険などという言葉で表現しきれないナニカが評した。
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