善なる噂
(滅茶苦茶だな)
ジェイク・サンストーン国王陛下はここ最近毎日、サファイア王国の情勢に振り回されていた。
反乱軍はやることが派手なので大雑把なことはすぐ把握できるものの、その派手なのが問題だったのだ。
(我慢の限界だったのは分かるけど、どこもかしこも領主一族を暴行した後に皆殺し。そんで略奪して館に火を放つとか、後々統治する連中が行政をするための資料が丸々無くなったぞ)
『おほほほ。面白いことを言いますわね。きっと大事に保管してくれているに決まってますわ』
(んな訳があるか)
サファイア王国各地で勃発した反乱に、体制側は全く対応することができず、貴族も多くが不意打ちや裏切りによって命を落としている。そして怒れる民衆に歯止めなどというものは存在せず、各領地の行政施設は徹底的な破壊や略奪によって失われ、反乱終結後に必要な筈の行政資料が失われていた。
(私刑も流行ってるか)
ジェイクが読み進める資料には、貴族以外の死者についても記載されている。
この暴走する民衆にとって報復の対象は領主一族だけではなく、体制となんらかの関わりのあった者達も含まれている。そしてそういった者達は見つかった途端に嬲られて殺され凄惨を極めていた。
(とりあえずイザベラの算段は機能するかな。無駄になった方がいいんだけど)
『おほほほほ。そうですわね』
どうやらサンストーン王国を束ねるジェイクが抱える計画は多いようである。
◆
「アルバート教が割れて離脱者がサファイア王国に向かいましたか。恐らく善意が暴走したのでしょう」
アルバート教の目の上のたん瘤、もっとはっきり表現するなら目の敵にしている存在、エレノア教教皇イザベラは配下のスライムが齎した報告を聞くと、滑らかな顎を手で覆った。
「少し面倒ですね。サファイア王国内で活動されると、なにをやっているか目が届きにくい」
「はい」
困ったように呟くイザベラに、側近の女司祭も同意する。
サファイア王国にいたエレノア教司祭達や、一般人に紛れ込んでいたスライムは、サファイア王国で反乱が勃発する前に国外退去するか身を潜めていた。
そうでなければ統率などとは程遠い騒ぎに巻き込まれ、最悪の場合スライムが人間に擬態していることが露見する恐れがあっため必要な処置だった。しかしそのせいで情報網の劣化を招いていた。
「アルバート教に限りませんが、宗派の中に誰かを潜らせるのも危険でしたから、仕方ないと言えば仕方ありませんけれど」
「はい」
苦笑気味なイザベラに女司祭は再び同意する。
イザベラは千年前から、宗教関係者に多いスキル【鑑定】持ちが、スライムの正体を看破できるのではと警戒して、他の宗教勢力にスライムを潜り込ませていなかった。
尤も少々警戒し過ぎではあった。【鑑定】はそれなりに時間が必要な物であり、スライムの正体を直接見破るような便利さもない。もしお手軽お気軽でスキルを看破できるなら、パール王国の暗部で後ろ暗いスキル所持者が多かった“貝”や“黒真珠”はもっと肩身が狭かっただろう。
話をアルバート教に戻す。
アルバート教内部にスライムがいないのもそれが理由で、スライムはデクスター達が離脱したことは掴んだものの、そこから先を追えていなかった。
「ターコイズ王国と揉めるでしょうねえ」
「はい」
苦笑を深めるイザベラに三度同意する女司祭。これは女司祭が盲目的に追従しているのではなく、どう考えてもデクスター達の離脱は揉める要素しかないからだ。
アルバート教の総本山があるターコイズ王国も、名前の通り王政である。それなのに王政をひっくり返すような蜂起が起こっているサファイア王国で、アルバート教を離脱した者が駆け込んで活動するなら、必ず説明を求められるだろう。
「数年前なら素直に喜んだのですけど」
「非常に鬱陶しかったです」
「ふふふ」
イザベラはなんとも言えない表情になり苦笑し続け、女司祭ははっきりと顔を顰めた。
アルバート教は表で口にしなかったが、アルバート神こそが最上位の神だと認識していたため、自分達より権威あるエレノア教と何かと張り合ってきた。
そんなアルバート教が不祥事を起こして張り合うどころではなくなったのだから、数年前のイザベラならこれで集中して愛していい男を見つけられると喜んだろう。
しかし既にジェイクを見つけた後で、国際情勢を更にややこしくされるのは望んでいなかった。
「反乱側に頭が多すぎて訳が分からないところに飛び込み、なんとかできると考えた信仰心と勇気は称賛しますが……」
イザベラはデクスター達がなにを考えていたかを知らなかったが、それでも千年近い経験から聖職者が暴走するときは、信仰心と善意が原因なことを把握している。
その信仰心と善意がしょっちゅう現実を無視することも……無視して上手くいかなかった場合は現実が間違っていると妄想に耽ることもである。
「助けて欲しいなら改宗しろ程度は平気で言いそうですからねえ」
「確かにそうですね」
微笑むイザベラの言葉に女司祭はいかにもありそうだと頷く。どうやらこの女司祭、アルバート教といざこざを起こして嫌な目に会ったことがあるのかもしれない。
それはそうと信徒が自発的に改宗するならともかく、他宗派が強要するのは掟破りのタブーに近いが、理性が非常に怪しい集団なら行う可能性が高い。ましてやそれが、少々上昇志向の強いアルバート教から離脱した行動派ともなれば尚更である。
「ですが上手くいかないかと」
「そうですね。手を差し伸べることができた範囲なら改宗もできるでしょうが、サファイア王国全土は不可能である以上、別の地域の者達とも揉めるでしょう。まあ、仲良く共存という可能性もあるにはありますが」
それが上手くいかないと判断した女司祭にイザベラは同意しつつ、一応希望的観測はあるにはあると口にする。だが口とは裏腹に微笑むイザベラの顔には、はっきりとそんなことは不可能だと書いてあるかのようだった。
「それはそうと、サンストーン王国内での噂の方はどうです?」
「問題ありません」
「分かりました」
微笑み続けるエレノア教教皇イザベラ。
『サファイア王国で反乱を起こした者達は、素晴らしい国にするのだと言いながら、逆らう者は幼子だろうと殺し、女を辱め、拷問した男が自ら死を望んでいる姿を見て笑っているらしい。そして財産を奪いつくすと、なにもかも燃やすのだ。きっと後々になってあれが足りない、これも足りないと言い始め、我々と一緒に楽園を作ろうと嘯きながら押し入ってくるに違いない。素晴らしい国だなんてよく言えたものだ。もしそんなことを言っている奴がいたら、そいつはきっと敵の間諜だ。すぐに衛兵に突き出さないと、俺達がなにもかも奪われるぞ』
最古にして最高の権威を持つ宗派の長という最も善である筈の者は、噂や情報を都合よく操る悪の化身であった。
例えそれがほぼ真実であっても。
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