新たな混沌に備えるサンストーン王国だが、国外に干渉する余力を保持していない以上、特筆するような行動は起こせない。


 そのためジェイクの生活も変わらず……。


「仕事も終わった終わった」


 夜に自室のソファでだらけていた。しかも単なるだらけ方ではない。


「お疲れ様」


「お疲れさん」


「お疲れ様です」


 傍にレイラ、エヴリン、リリーを侍らせてだらけているのだ。


 しかもその上、彼女達は小娘だったときと違う。三人が三人とも女という蠱惑の化身であり、ジェイクに眼差しを向けている。リリーに至ってはスキルを使用していないのに、桃色に見えかねない吐息をジェイクの耳元に吹き込んでいた。


「お疲れ様ー」


 世の全ての男が血涙を流す光景なのに、ジェイクはぶしゅりと空気が抜けたようにだらけたままだ。


 エヴリンでも男を堕落させるような女なのに、覚醒していると表現するに相応しい【傾国】がほほ笑み、心身ともに女であることを全開にしている【傾城】が絡みついていることを考えれば異常だろう。


「後宮でも厳格な王とか凄いと思うよ。俺には無理無理」


「まあ余所の後宮は政治の場だろうからな」


「確かに」


 だらけたジェイクに、レイラが他所の王家について正しい見解を口にする。


 王の私的な空間である後宮だが、そこにいる妃達には実家や後援者がいて、子や立場を巡って争っている女達の戦場なのだ。そのため一応後宮の主である筈の王ですら気を遣うことが多々ある。


「うちら全員がジェイクのことを愛してるんやから、幸せ者やなあ」


「本当にね。それと俺も皆を愛してる」


「ぐう」


 お約束のようにエヴリンはからかいの言葉を投げたくせに、真正面からジェイクに打ち返されて呻く。ついでに流れ矢がレイラとリリーにも当たっていた。


 王は政略結婚が基本であり、そこに愛と恋が絡むことはない。あるとすれば結婚後に王と女が近付き合ってからの話であり、婚前からお互いが愛し合っていたジェイクとエヴリン達は例外中の例外だろう。


 余談だが前王の女へのだらしなさと、王位継承のごたごたにこれでもかと振り回された家臣団は、ジェイクへ娘を送る動きを見せていない。自分達の権力よりしっかりとした王位継承をしてくれというものであり、家臣団が内乱で起こった大騒動をどれだけ忌避しているか分かるというものだ。


「ジェイク様、お疲れでしょう」


「疲労……という訳ではないか」


「気を抜いているだけとみた」


 突然なにもない空間から、王の私的な空間にいる筈のないイザベラ、アマラ、ソフィーが現れた。


 彼女達はぐてーという擬音がくっ付いていそうなジェイクの様子を確認したが、単に気を抜き切っているだけだ。


「自室ならどこの王も仕事終わりはこうのはず」


「確かにな。父も母の前ではそうだった」


「ふっ」


 ジェイクの勝手な決めつけだが、アマラとソフィーは実例を思い出してニヤリと笑う。二人の父も古代アンバー王国の者として政略結婚だったが、妻とは上手くやっていたようだ。


(父には悪いけれど剣術は楽しかった)


 尤もソフィーの思い出はアマラと若干違い、父が自分に剣術を教え込みすぎて母から怒られ、仰る通りですと心底反省している光景だった。


「さて、レイラの方は?」


「特に変わったことはありません」


「ふうむ」


 薬師、そして医師としてアマラが、妊娠中だと自己申告しているレイラに調子を尋ねた。


「前にも言うたけど、やっぱり明日には生まれとったりして」


「いやそれはぁ……」


 エヴリンは未だに突拍子もないことを言うが、リリーもやはり語尾が弱い。それだけ【傾国】は謎だらけであり、不可思議な現象を起こし続けているのだ。


「うふふ。私、楽しみで楽しみで」


 愛の神に仕えていることになっているイザベラは満面の笑みで、無邪気にジェイクとレイラの愛の結晶である子供の顔を見ることを心待ちにしていた。


(レイラの出産時期と、サファイア王国の混乱の絶頂期が重なるかなあ。仕事が忙しいならともなく、出陣する事態にならないといいんだけど)


『おほほ。ま、それに関しては完全に運だと諦めることですわね』


 女達がレイラと子供のことで盛り上がっている中、ジェイクはサファイア王国が最悪の事態に陥った場合に、出陣して帰ってきたら子供が生まれていたという事態になりかねないと遠い目をしていた。しかし、【無能】の言う通り国境を越えての遠征能力を失っているサンストーン王国は主導権を握ることができないため、完全に運が絡んでしまう。


「デイジーさんにもお祝いを送らんとなあ」


「うん。そうだねエヴリン」


 エヴリンがつい先ほどリリー経由で知った、従業員である元黒真珠のデイジーが妊娠したことに対し、お祝いを送る必要があると口にして、雇い主であるジェイクも同意した。尤もサンストーン王国国王の名で送れる筈もないため名は伏せられる。


「姉さんも喜んでくれます!」

(ちょっと手紙は難解だったなあ)


 なお姉貴分が妊娠したことに喜んでいる妹分のリリーだが、妊娠したという報告に加え、とてもとても遠回りなのろけ、幸せであるという手紙を読んで、喜びながら苦笑するという奇妙な感情を味わう羽目になった。


「つまりこの子とほぼ同い年という訳か。いきなり生まれてきたら、年が訳わからないことになるから大人しくしろよ」


「お腹を蹴った?」


「まだです。本気にしないでください」


「ありえなくはない」


 ジェイク達の話を聞いていたレイラが自分のお腹を撫でながら、冗談めかして語り掛けた。しかし半ばそれを本気にしたソフィーが、ひょっとしてレイラのお腹の中には、お腹を蹴るまでに大きくなった子供がいるのではと疑った。


 このようにジェイクの周りでは穏やかな時間が過ぎていた。


 しかし、それはやはり混沌の時代の合間に起こる凪のような物なのだ。


 ルビー王国とアメジスト王国が態勢を立て直すためにサファイア王国で流した、川の増水はサファイア王国の計略であるという真実は瞬く間に燃え広がった。

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