二つの混沌の時代
サンストーン王国王都に滞在している貴族全員に対し、急遽ジェイク・サンストーン国王の名で登城が命じられた。
本来なら貴族の多くは自領にいるものだが、政治的混乱を齎した内乱が終わったばかりだったため、多くの者が忠誠を証明しようと王都にいた。それ故、王命に直ちに従って王座の間に集結したのである。
尤も要件については心当たりがある。現状で王が緊急の登城命令を発するとすれば、パール王国で大きな争いが起こったか。
もしくは。
「ルビー王国軍とアメジスト王国軍が川の水に飲まれ完全に壊滅しました。生存者は僅かなものと思われます。それに加え下流域の街や村々も大きな被害が発生しているようです。これが計略によるものかは現在調査中でございます」
歴史上有数の組織であるパール王国の暗部“貝”に比べたらおままごとのようなものだが、それでもサンストーン王国には情報を収集する裏方の部署が存在する。その責任者が告げた言葉はまさに貴族達が予測した通り、サファイア王国での大きな動きだった。
そして現在でも和平が成立していない隣国サファイア王国の動向は、サンストーン王国が抱える最大の懸念事項だ。同時に、不可侵条約の交渉を騙し打ちの道具にされた文官貴族や、国防を脅かされた武闘派貴族ははっきりとサファイア王国に嫌悪を抱いていた。
「この後、懸念が現実に起こると碌なことにならない。キッシンジャー公爵、国境貴族達への支援は問題ないか?」
「はい陛下。計画通りに進んでおります」
至高の玉座に座るジェイクは、予想の一つが当たったことを喜ぶでもなく、淡々と文官貴族のトップであるキッシンジャーに国境貴族への支援を確認する。
(サファイア王国め。面倒な)
公爵達からジェイクの懸念を伝えられた貴族もまた、サファイア王国で民衆による国家打倒が現実的に起こり得ると判断していた。そのため表情にこそ出さなかったが、鬱陶しい存在がさらに面倒事を引き起こしかねないと、心の中で顔を顰めていた。
「尤もサファイア王国が上手くなんとかする可能性もあるにはあるが……」
一応の可能性としてサファイア王国がそれほど混乱しないことも考慮に入れているジェイクだが、まあ無理だろうなと言わんばかりに語尾が弱く、貴族達も同感だった。
「もしサファイア王国の反乱が広がり、サンストーン王国にも挑んでくるというのなら直ちに軍を起こす。皆もそう心得るように」
「はっ」
「理想に酔っている集団は現実を無視する。理屈ではない行動をしないとも限らん」
まだサファイア王国がどうなるか分からないが、普通に考えるのであればサファイア王国はボロボロであり、再びサンストーン王国に侵攻してくるのはまずありえなかった。
ただしジェイクに油断はない。人間は個人において理性的でも、集団になれば途端に愚かになると見切っている王の目はどこまでも冷たかった。
◆
それから少し。
「んんんんんんんんん考えることが多いいいい」
王ではなく単なるジェイクが王の自室で白目を剥きそうになっていた。
「まあこれだけ忙しい時世は、それこそ古代アンバーが崩壊した後の混乱期くらいだろう」
「確かに。あの時は訳が分からないことが頻発してた」
アマラとソフィーもジェイクの呻きに同意する。
古代アンバー王国崩壊後の群雄割拠、興亡の時代が終わると、世界は安定期に入った。それが近年では旧エメラルド王国が丸ごと滅び、パール王国は内乱寸前、サファイア王国は亡国の道をひた走り、ルビー王国とアメジスト王国は兵だけではなく指揮官である貴族達も合わせて全滅したのだ。
それにサンストーン王国も内乱で滅ぶかどうかの瀬戸際だったため、近年はまさしく混沌の時代だった。
「あ、そうだ。初代サンストーン王ってどんな方だったか分かる?」
アマラとソフィーが最初の混沌の時代を引き合いに出したことで、ジェイクは当時生きていた初代サンストーン王のことを尋ねた。
「ふむ……責任感が強い人間だったな。それと変わり者」
「不老不死の試しはそれが原因で無理だった」
「ああ。面倒事は自分が引き受けると言っていた。思うに金や命のためではなく本心からだったな」
「うへえ。面倒事って王のことでしょ?」
かつてを思い出すアマラとソフィーが初代サンストーン王について口にすると、ジェイクは自分の血脈の初代がとんでもない変わり者だと思い知った。
ジェイクにも王としての責任感はあるが、それでも面倒極まりない王を永遠に引き受けようとするなど、変人奇人の類としか言いようがなかった。
「凄いのか変なのかなんとも言えないなあ……よし、休憩終わり。ルビー王国とアメジスト王国がこっちに接触してくると思う?」
気を取り直したジェイクが再び王としての仕事に戻る。
再び起こった混沌の時代を切り抜けるために。
『不老不死の試しや詳細など幾つかは明らかに知らなかったようですわね。でももし他のことには勘付いていたのなら、面倒事とは言ってくれますわね。ま、仰る通りなのですけど。おーっほっほっほっほっほっ!』
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