公爵達

「アボット公爵、キッシンジャー公爵。どこで話そうか?」


 昼前のサンストーン王国王城で壮年のヘイグ公爵が、同年代であるアボット公爵とキッシンジャー公爵に話しかけた。


 ヘイグとキッシンジャーは対照的な二人である。


 ヘイグは金の髪を短く刈り上げ、体も筋肉質で服の上から盛り上がっているいかにも武人と言った様相で、キッシンジャーは全くその逆。長い金の髪と細身のキッシンジャーはまさに文官であり、アボットに近い雰囲気であった。


「私の執務室へ行こう」


 そんな三人がアボットの案内で法大臣の執務室へ歩いていく。彼らが出てきたのは王の執務室からであり、外で待機していた付き人の者は王から申し付けられた案件を、三人が相談するのだと思っていたしその通りだった。


「陛下のご懸念だが……サファイア王国の水攻めがあるとして、その後のことは考えれば考えるほど至極ごもっとものように思える」


「同意いたす。サファイア王国が、アメジスト王国とルビー王国をなんとかしようとするなら水攻めを行う可能性が高い。しかし、その後の荒廃で民衆が反乱を起こした場合、それを収められるとはとても思えない」


「いかにも」


 ヘイグが切り出すとアボットも頷き、キッシンジャーも短く頷く。


 ジェイクからサファイア王国で起こるかもしれない懸念を伝えられた三公爵もまた、民衆による国家打倒の概念を持っていなかったが、説明を受けた後ではその可能性が現実的にあると判断していた。


「しかし……水攻めは川を堰き止めるから分かりやすいのでは?」


「その通り。過去に幾つかの例もあるが上手くいっていない。それにアメジスト王国とルビー王国もそれくらいは分かっている筈。成功するとなれば我々が思いもよらぬ策か運が絡むだろう」


 キッシンジャーの質問に、ヘイグが顎を擦って実家にある軍略の本を思い出す。


 この二人は見た目通りでキッシンジャーが元ジュリアス派の文官貴族。ヘイグは元レオ派に属していた武闘派貴族であり、二人ともジェイクから専門家としての意見を聞かれることが多い。


「水攻めが成功したとして考えよう。サンストーン王国に敗れた時の被害と、アメジスト王国とルビー王国の侵攻状況を合わせて考えたが、もし民衆による反乱がサファイア王国で広がった場合、それを鎮圧出来る戦力を捻出できるとは思えん。陛下の仰る通り民衆に勝算は十分ある」


 そんなヘイグにたかが民衆如きや農民如きがという色眼鏡はなく、冷徹に状況と戦力を見極めていた。正しい情報を参考にした前提になるが、純軍事的な役割において、元レオ派の貴族は非常に頼りになる存在なのだ。


「付け加える……サファイア王国の状況で私が指揮するなら……下流の貴族や領民には教えん……反対されるのは目に見えているし、必ず情報が洩れる。だから可能な限り秘密裏に行う。それは軍事的には正しいはずだ。しかしいきなり川の氾濫に巻き込まれた領民や貴族が真実にたどり着いた時、恨みを抱かない筈がない」


「むう……」


 ヘイグの呟くような言葉にキッシンジャーが声を漏らす。


 亡国の瀬戸際にあるサファイア王国の水攻めは残された最後の手段だ。それにヘイグは理解を示し、徹底的に純軍事的な視点で意見を述べるが、顔は苦り切ったものだ。軍事の正解が政治での正解でないことは、ヘイグ、キッシンジャー、アボットの三人が思い知っている。


 そしてサファイア王国の場合においても軍事の正解は、下流域を巻き込んで政治的に死ぬ最後のきっかけになるかもしれなかった。


「サファイア王国はそれに気が付いたとしても……」


「アメジスト王国とルビー王国に征服される……」


「それをどうにかするために水攻めをしたら……」


「国内の反乱……」


 アボットとキッシンジャーがどう考えても詰んでいるサファイア王国の現状を確認し合う。二人はなんとも言えない表情になるが、彼らだけではなくサンストーン王国貴族全員がかつて似たような状況に陥っていた。


(陛下がいてよかった……)


 奇しくも三人は同じことを思った。


 前王の直系が古代王権に楯突いたレオと大逆賊ジュリアスという、どうしようもない状況だったサンストーン王国だが、当時ジェイク・アゲート大公という第三の選択肢、もしくは最後の逃げ道があったことで、サンストーン王国はなんとか窮地を脱することができた。


「サファイア王国は全く信用できないから、潰れてくれるならそれでいいと思ったが……妙なことになるかもしれん」


「確かに」

(私は実質隠居していたが、キッシンジャー公爵などはサファイア王国と不可侵条約の話があったときに関わっていただろう)


 キッシンジャーの半ば独り言のようなものにアボットも同意するが、若干思いの量が違う。


 アボットが前王に疎んじられて自領に引っ込んでいた当時、サファイア王国はサンストーン王国と不可侵条約を締結するため話し合っていた。それと実務で少なからず関わっていたキッシンジャーからすれば、奇襲してきたサファイア王国は気を許せるものではなく滅んでくれと思っていた。


(しかし、陛下が無能と呼ばれていたのは、こういった突飛な発想に思い至るからではあるまいか?)


 一方のヘイグは、最早口に出せないジェイクが無能という評価と、今までに存在しなかった民衆による国家打倒という概念を提示されたことをすり合わせ、自分なりに解釈をしていた。


「パール王国の情勢にも注意する必要があるものの、あそこの王子達の器量がいまいち分からない。国境を守っている者達は凡庸だと思うのだが……」


「ヘイグ公爵の言う通り、王子も国境を守る貴族にも名のある人物はいないはず」


「その国境の貴族達がこちら側に離反する可能性もある」


 ヘイグは気を取り直してパール王国に対する懸念を口にすると、国外との調整に関わっていたため色々と詳しいキッシンジャーも同意する。そしてアボットは、パール王国の一部がサンストーン王国に服属する動きを見せるのではと考えていた。


 これからも暫く彼らの会話は続いて、再びジェイクの執務室に赴くことになる。


 視野狭窄。貧すれば鈍する。もしくはナニカに邪魔をされる。様々な原因で人間の思考は乱されるが、それでも公爵位にいるような者達は国家の柱だった。

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