青き混沌の予想

 スタンリー・サファイアの計略が実行される前。現地にいたアメジスト王国とルビー王国が気づかなかった水攻めを察知した存在がいた。


「ルビー王国とアメジスト王国が若干。サファイア王国はかなり傾くな。並大抵の傾き方じゃない。大爆発だ」


「どうもおかしい。川に砂金はあるかもしれんけど、サファイア王国だけやのうて、アメジスト王国とルビー王国も景気が悪うなるってことは……サファイア王国が自爆みたいななんかをする?」


 しかめっ面をサファイア王国の方角に向ける二人の美女、【傾国】レイラと【奸婦】エヴリンは、サファイア王国でルビー王国とアメジスト王国が川で睨み合っているという報告を聞いた時、第六感の訴えで凡そなにが起こるかを予想した。


「川で睨み合ってるということは水攻めだな。上手くいってルビー王国とアメジスト王国が壊滅するが下流も大被害。疫病の可能性もある」


「こりゃ水攻めかねえ。とんでもないことになるかもなあ」


 恐ろしきは世界を相手取れる女達。水の魔石の大量投入という方法こそ分からなかったが、それでもスタンリーの計略が成功してアメジスト軍とルビー軍が壊滅することまで予見していた。サファイア王国の大混乱も。


「ただ……なんだかよく分からない大混乱だ……」


 しかし、レイラはこの後に起こるサファイア王国の混乱を掴みかねていた。


 人間でその答えを現時点で導き出せたのは、ある意味露悪的な教育を受け続けたジェイクただ一人。


「民衆がサファイア王国をひっくり返すかもしれない」


 私的な執務室でレイラとエヴリンから、第六感による報告という馬鹿げているのに全く馬鹿にできないものを受けたジェイクは、視線を天井に向けてそう言った。


「うん?」


「民衆が?」


 それにレイラとエヴリンは訝し気な声を漏らす。


「そう、民衆が。サンストーン王国への侵攻失敗。粗雑な通貨による経済の混乱。アメジスト王国とルビー王国による侵略。そして行われる水攻めで下流の荒廃と疫病の可能性。これだけ揃っていたら貴族の領地の反乱なんてものじゃない。サファイア王国全土で民衆による反乱が起こって崩れるかもしれない」


 ジェイクの発想は異常に近い。古代アンバー王国が崩壊したのは諸侯の反乱であり、民衆によるものではない。それから千年間、国家が崩壊するのは他国による武力侵略くらいのものだ。そのためレイラやエヴリン、アマラ達ですら民衆が国家を打倒するという発想がない。


(民衆にとって他に選択肢はないだろうが、まだ時代に合っていない。サファイア王国を打ち倒してもその後が続かない。もう五百年か千年は無理だ)


 ジェイクの王としての圧が高まっているが、その思考は王として絶対に口に出せないものだ。王政の頂点にありながら、民衆による反乱と国家転覆が時代に合っていないと断じているのだから。


(一旦ことが起こったら、王と支配者層を軒並み打ち倒すまで止まらないだろう。その後に僅かな知識層を頼ったところで、彼らは国家運営の専門家じゃない。こうしたらよくなると言っているだけの理想家だ。上手くいかずごたごたして、結局民衆を強権で押さえつけるしかなくなる。もっと広く普遍的に教育が行き届いた時代ですらぎりぎりのはずだ)


 それこそ時代に合っていない思考を続けるジェイクは、サファイア王国が辿る可能性の一つを考えながら遠くを見る。


(民衆による国家転覆の熱狂……狂気が残っている時期なら、どれだけ国の状況が悪かろうと、それが素晴らしいものだとして、サンストーン王国にも広めようと攻撃してくる可能性があるな。防衛だけではなく選択肢の一つとしてこちらがサファイア王国に攻め入った場合……最低でも万単位での遠征軍が必要か。どう考えても無理だ。水攻めで泥だらけになって、死体が溢れたら疫病が流行るのは間違いない。それに混乱しきっている場所に攻め入ったところで、満足に補給ができるとは思えない。間違いなくこっちが倒れる)


 ジェイクはサファイア王国の民衆が、民衆主導の国家転覆を成し遂げた後、また混乱する前に素晴らしいものだと押し付けてきたら潰すことを考えた。しかし散々混乱している土地への行軍は、先にサンストーン王国が崩れるため、あくまで防衛線という形しかとることができない。


(スライムの皆に頼んでの制御も無理だな。恐らく頭が幾つもできて蜂起するだろうから、どこかに介入したらいい話じゃないし危険だ。尤もまだ不確定な先の話だ。サファイア王国がどうなるか見極めながら備えないと)


 そして未だ和平が成立していないサファイア王国は敵国であり、ジェイクがどうこうする義理も手段もない。


「ちょっと皆で会議する必要があるな。リリー。イザベラ、アマラ、ソフィーに連絡を取ってほしい」


「分かりました」


 ジェイクは懸念を家族で共有するため、リリーにイザベラ達を呼ぶよう頼んだ。

















『おほほほほほほほほほ。教育係としては……もうそろそろお役目御免でしょうかねえ。ま、王、夫、そして親になるのですもの。頑張りなさいな』

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