青き混沌

(面倒極まる……)


 サファイア王国のど真ん中で対峙するルビー王国とアメジスト王国だが、面白いことに両軍とも現状が面倒になっているという自覚があった。


(いったいいつまで睨み合うことになるんだ?)


 このルビー王国とアメジスト王国、ジェイク達の読み通り、打ち合わせや利害関係を調整せぬまま、早い者勝ちと言わんばかりに行動に移していた。そのせいで利権でややこしくなる川を挟んで睨み合う羽目になっていたのだが、ここが敵地で危険なことくらい分かっている。


 分かっているが、競争相手というより明日の敵が目の前にいて、しかもここは砂金が出るという噂がある川なのだからどうしようもない。


 もし川から離れた場合、残った方が領有を主張するのが当然であるため、彼らはお互いに馬鹿げていると分かっていながら、この場を離れることができなかったのだ。


(ここが川でなかったら安心できるんだが……)


 そして彼らが最も警戒しているのは、この川での睨み合いをサファイア王国が利用する可能性だ。


 上流で川を堰き止めてから水を一気に解き放つと、下流にいるアメジスト王国軍とルビー王国軍は壊滅的被害を被るだろう。


(本来なら川の計略は自らも危険だが、存亡がかかってるならやるかもしれん)


 だが、川を使った計略は下手をすれば下流域の壊滅を招く可能性があり、被害は敵軍だけに留まらない。それを考えると危険な手段だが、国家の存亡に直面しているサファイア王国がその危険な手段を選ぶ可能性は十分あった。


(川の水位は変わらんか)


 尤も水草や土を見ればある程度普段の水量を推測できる。そして彼らが見たところ、上流で川の水が堰き止められているような不自然なものではなかったものの、警戒を続け毎日水位を確認して、川から少し離れた場所に陣取っていた。


(本当ならもっと離れたいのだが……)


 少し離れた場所というのが両軍ともに懸念で、本音を言えば念を入れてもっと離れたかったが……やはり睨み合いが足を引っ張る。それほど川の利権などは面倒極まるのだ。


 このようにアメジスト王国、ルビー王国共に軍は可能な範囲で冷静に行動しながら、それでも利権や利益に足を引っ張られ、当初の戦略を無視した不合理な状況に陥っていた。


 濁流に飲み込まれるまでは。


「え?」


 呆然とした呟きは誰のものか。


 無理矢理連れてこられたに等しい領民兵か。


 損得だけで生きる傭兵か。


 軍に出入りしていた商人か。


 名誉に生きる騎士か。


 はたまた高貴なる者の呟きか。


 あるいは馬の嘶きだったのかもしれない。


 濁流はその全てを区別しない。


 水嵩が増すどころの話ではなく、濁った水ははっきりとした高さを伴ってあらゆるものを粉砕しながら突き進む。


「ああああああああああああああああ!?」


 逃げろという高尚な言葉ではなく、意味もない悲鳴が両軍全体から迸る。そして兵士の役割を放り出した、単なる人間達が少しでも水から遠ざかろうとしたが無駄だった。


 川の水はあっという間に人間達を飲み込むとその中で攪拌する。川や海の近くで生活していない限り、大抵の者は泳ぐことなどできない上に、鎧などを着込んでいるのだから浮かび上がることは無理だ。


 しかも最初の濁流が人間達を内に捕えても暴虐は続き、全てを水と泥に変えていく。


 僅かに生存者もいたがここは敵地であり、助けられるどころか見つけ次第殺された。後に残るのはアメジスト王国軍とルビー王国軍が完全に壊滅したという結果だ。


 そして軍の残骸の傍らに落ちている夥しい数の物体。


 死体だけではない。


 青い鉱石。


 水の魔石や水鉱石と呼ばれるもので、その内部に多量の水を含んでいる不可思議な鉱石である。基本的に川や海岸で見つかるもので、ジェイクも行軍中に体を洗うために利用したり、アゲート時代には山で見つかったことに驚いていた。


 そう。一般的に山で見つかるものではない。だが青き輝きであるサファイアの名を冠するサファイア王国の山間部には、水の魔石を秘めた山が点在していた。それが有名でないのは水の魔石が川や海で採取できるものなため、採算の問題からサファイア王国の指導者層が気にも留めていなかっただけでの話だ。


 そんな水の魔石が幾つも幾つも幾つも転がっている。中には人間が見上げるほどの大きなものだってある。それが全て解き放たれて濁流が生み出されたのだ。


 勿論水の魔石がこの場にあるのは偶然でないが、一か八かの賭けに近かった。サファイア王国の第二王子ライアン・サファイアが敗北したすぐ後、アメジスト王国軍とルビー王国軍の侵攻と行軍ルートを予測して砂金の噂を流し、山間部で水の魔石を集め続け、それを用いて両軍を消し飛ばすしかないという賭け。


「殿下、アメジスト王国とルビー王国の軍は完全に壊滅したようです」


「それはよかった」


 臣下の報告を聞いた男が、ベッドの上で柔和にほほ笑む。しかし、その顔には生気がなくやつれている。


 賭けに勝った人物の名はスタンリー・サファイア。名の通りサファイア王家の者だが王ではない。


 アゲートで戦死したライアン・サファイアの兄。死んだとか死んでないとか噂が流れる程度には病弱で表に出ることがなかった第一王子であり、それが理由でアントン・パールと同じくアマラとソフィーが能力を把握していない人物である。


 この男は弟が率いた軍が敗北後、必ず攻め込んでくるであろうアメジスト王国とルビー王国に備えていたのだから、一か八かで勝利したとはいえ能力はあるのだろう。


 だがあまりにも問題が付属する勝利なのは間違いなかったし、ジェイクやサンストーン王国もそれが分かっていた。


 祖国を守るため、二つの軍に勝つため。


 他に選択肢はなかった。


 しかし、先にも述べたが川を使った計略は下流にも影響があるのだ。

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