苦労人達の独白

(一時期はどうなることかと思った)


 サンストーン王国貴族をある意味で代表する苦労人、コーネリウス・アボット公爵が頭頂を光らせながら、暗雲を抜けて明るい道へ歩み始めたサンストーン王国を想う。


 立地条件、政治的立場、内乱の状況、情報、国際情勢、ジュリアスの暴挙、【無能】。その全てに振り回されながらも、部下の決死の忠誠や決定的な失敗をしなかったことも合わさり、彼は数年ぶりに法大臣に復職していた。


(陛下もご立派になられたものだ。エメラルド王国との戦の時は背が伸びたと思ったが、まだ体の線は細かった)


 アボット公爵がジェイクと最後に会ったのは、旧エメラルド王国との戦争時だ。その後アボット公爵は前王に疎まれ領地に戻り、ジェイクはアゲートへ赴いたため数年間会っておらず、彼らは王都で久しぶりの再会を果たした。


(しかし、あの時に誰が陛下が即位されると思うだろうか。もし予見できた者がいるとすれば怪物だな)


 他国からジェイク見ると急に現れた巨人だが、アボット公爵から見てもそれに近い。


 旧エメラルド王国との戦争前後では前王の権威はなんとか健在であり、第一王子レオと第二王子ジュリアスが王位継承を激しく争っていた。当時のアボット公爵が第三王子ジェイクを見ると、光るものはあったが現実的な視点では、王になるなどあり得なかった。


(こうなってよかった。レオ殿下なら間違いなくサファイア王国に攻め入っていたし、大逆賊は話にならん)


 そのあり得ない事態が、アボット公爵には現状最高の結果だった。


 論外のジュリアスを分けて考えても、レオなら混乱しているサファイア王国を前に我慢できるはずがなく、どれだけ勝ったところで統治できなければ意味がないと諫めても出陣したのは目に見えていた。


 一方のジェイクは、今の祖国に防衛能力はあっても国境を越えて遠征する余力はないとはっきり結論を下しており、余程のことがなければこちらから仕掛けないと軍事方針を定めていた。


 その当たり前の方針ですら、前王達に振り回されたアボット公爵が安心する材料になるのがなんとも悲しいことだが。


(このまま何事もなくは無理か……周辺が混乱しすぎている)


 アボット公爵は平穏が儚い望みだと理解している。


 もう内乱がまず間違いないパール王国、戦乱真っただ中のサファイア王国、睨み合っているアメジスト王国とルビー王国。これだけ不安材料があって、平穏が訪れる筈がない。


(早急に内を固めなければ)


 来たる混乱に向けてアボット公爵達は、祖国を固めるべく奔走するのであった。


 ◆


(一時期はどうなることかと思った)


 アボット公爵と全く同じことを考えているのは、これまたサンストーン王国を代表する苦労人。国境貴族のエバンである。


 立地条件、政治的立場、内乱の状況、情報、国際情勢、レオの政治感覚のなさ、【無能】。その全てに振り回されながらも生きながらえた。


(ジェイク陛下から国境の守りを固めよと直筆の手紙と援助もいただけた。アゲートにはフェリクスがいる。救援用の街道も整備されている。以前に比べると夢のようだ)


 エバンの状況は劇的に改善された。


 レオは救援に来るかどうか非常に怪しく、金銭でも援助をしてくれなかったため、暗雲が立ち込めていた。しかし、ジェイクが王になったことでエバンの懸念はほぼほぼ解消された。


(しかしこの戦乱、どうにかならんものなのか。気を抜くつもりはないが、それでも偶に暇と感じるくらいは許されるだろうに)


 完全に懸念が解消されていないのは、隣国サファイア王国にアメジスト王国とルビー王国が攻め入ったことが理由だ。


 元々旧エメラルド王国との戦いで出世したエバンは、次はサファイア王国の侵攻を防ぎ、今度はアメジスト王国とルビー王国の連合と睨み合う最低最悪の状況すら想定していた。


 しかし、実際睨み合っているのはアメジスト王国とルビー王国であり、状況が不透明で常に気を張っていた。


(サファイア王国、生き残る可能性があるかもしれん。全く信用できんから滅んでくれた方が良かったのだが、そうなると国力が増した相手と国境を接する羽目になる)


 元々エバンや国境貴族は、サファイア王国が再起不能になる可能性が高いと見ていた。しかし、当初の目的を忘れて睨み合っている両国のお陰で、生き残る可能性が出てきた。


 それはサファイア王国にだまし討ちで攻められたエバン達の恨みと警戒心を刺激していたが、サファイア王国が完全に併合されると国力を増したアメジスト王国かルビー王国と国境を接するためどっちもどっちだ。


(警戒は緩められんな)


 屋内の状況が改善されても、屋外では激しい風雨が叩きつけているような国際情勢を前に、エバンは気を緩めず国境を守る貴族としての役割を全うするため決意を固めるのであった。


 ◆


(一時期はどうなるかと思った)


 アボット公爵、エバンと全く同じことを考えているのは、これまたサンストーン王国を代表する苦労人。王直轄領アゲートの代官チャーリーである。


 立地条件、政治的立場、内乱の状況、情報、国際情勢、レオの政治感覚のなさ、ジュリアスの暴挙、エヴリンの集金、イザベラ、アマラ、ソフィーの企み、【無能】、そしてジェイクからの信頼。その全てに振り回されながらも、彼はアゲートの代官という重役に就任したのだ。


 このアゲート内で通用するなんちゃって貴族から、正式にサンストーン王国の貴族となった苦労人が振り回された度合いはアボット公爵やエバンを凌ぐだろう。


 だがこの苦労人、ついに人生という道に光が当たっていた。


(新婚だし、将来の子供のためにも頑張らないとなあ!)


 アゲートが正式にサンストーン王国に組み込まれる前、アゲート城の使用人であるエミリーが、ついにチャーリーをとっ捕まえることに成功していたのだ。そして彼と縁のあるエレノア教の司祭、オリバーの立ち合いの下で結婚した。


 この知人同士の結婚にはジェイクも喜んで王都から手紙を送って祝福しており、チャーリーの前途はまさに明るかった。


(よし頑張るぞー!)


 どれだけ周りに振り回されようと、なんだかんだと上手くこなせる器用万能に近い傑物は、明るい未来のために気合を入れて職務に向き合うのであった。



















 アボット公爵、エバン、チャーリーの独白から数日。


 ルビー王国、並びにアメジスト王国軍壊滅。


 サンストーン王国首脳部が会議。街道整備事業と国境貴族への支援が強化。アゲートで軍事物資の物流が活性化した。

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