【毒婦】、【妖婦】という名の相談役

 古代王権の生き残りであるアマラとソフィーも、イザベラと同じくサンストーン王国王宮では表立って活動していない。


 いかに現存する中で最高の権威を持つ者とはいえ、王国の頂点とは王であり、サンストーン王国の場合はジェイク・サンストーンこそがそれにあたる。そのため彼女達もアボット公爵達に働きかけることをせず、あくまで客人としての立場を貫いていた。


 これは世界中の王国で滞在していた時も同じであり、アマラとソフィーが千年間危険視されなかったのは権威だけではなく、こういった政治的配慮も合わさってのことだ。


 ただ以前にも述べたが、逆を言えば世界の生き字引に等しいアマラとソフィーの知恵を借りたくても借りれないということでもあり、各国の王は自分達にだけその知恵をこっそり貸してくれないものかと考えていたりする。


 そんな政治に関わらない筈のアマラとソフィーは今現在……。


「ふむ。街道の整備が再始動したか」


「現状では最重要の案件と言ってもいい」


 ジェイクの私的な執務室で相変わらず政治に関わっていた。


「内乱前に、珍しくレオ兄上とジュリアス兄上の意見が一致してたみたいなんだよね。まあ、見てたところは違うだろうけど」


 ジェイクは資料を読み進め、犬猿の仲であった兄二人の意見が一致した街道の整備事業を確認する。しかしレオとジュリアスは視点が違った。


「レオは軍事行動を容易にするためだな」


「ジュリアスは大規模な経済圏」


 アマラがレオを。そしてソフィーがジュリアスの考えを言い当てた。


 レオは他国へ攻め入ることを主眼にして、軍を高速で戦地に送りやすくするため。ジュリアスは経済を活性化させるため、街道を整備していたのだ。尤もこれはジュリアスの反乱により中途半端なものとなっているので、ジェイクが国家事業を引き継ぐことになった。


「完遂されれば王都から国境までの時間を短縮できる。国境貴族も喜んでいるだろう」


「とはいえここから遠いのは間違いない。後手に回らないよう、内だけではなく常に外にも目を向ける必要がある」


「うん」


 アマラが国境貴族の心情を察し、ソフィーは国内外のことについて改めて忠告する。


 この事業は特に国境を守ることを意識しており、ジェイクの意思表示でもある。そのためエバンなどはこの報告を聞いた時、サンストーン王国王都に向けて最敬礼を送ったとか。


「それにしても、アントン・パールに一度会っておきたかったな。そうすればもう少しパール王国の先が分かったかもしれん」


「同意するけどあそこは第一王子の力が強かったから、第二王子から下は表に出させてもらえなかった」


「まあそうだな」


 惜しいことをしたかもしれんと呟くアマラにソフィーが肩を竦める。


 各王家と繋がりが強いアマラとソフィーは、周辺各国の王や王子、宰相、高位貴族の性格をジェイクに伝えていた。しかしサンストーン王国と違い、パール王国は王位継承に関して厳格だったため、今現在四苦八苦しているアントン・パールなどは表に出されなかった。それ故に彼女達はアントンの思想や性格を把握しておらず、完璧に読み切っているとは言い難かった。


「俺も周りの国から見たら似たようなものかな」


「ははは。確かに」


「ふっ。言えている」


 首を捻るジェイクの言葉にアマラは声を上げて笑い、ソフィーはくすりとした。


 無能であるが故に国家の行事に参加できず、第三王子ということもあって王子時代のジェイクは国外において無名の存在であった。その後忌むべき地で大公国が誕生して、そこの大公がジェイクという名前らしいと認識されていた程度だ。


 つまり周辺各国の視線は【戦神】と【政神】に向けられていたため、完全に認識外だったジェイク・サンストーン王とはいったいどのような人物なのかとかなり混乱していた。


「宰相の代替わりなどでも周りの国は注目するのに、古代の王権とエレノア教の支持を受けた無名の王となればな」


 アマラの言う通りだ。単に無名だった者がいきなり玉座に座っただけではなく、ジェイクはアマラ達の支持を受けて大逆賊を討伐して、サンストーン王国の内乱を終結させたのだから、他国からすればいきなり現れた巨人に等しい。


 そのため各国はこの新たな王の性格や方針を詳しく知りたかったが、周りはどこもかしこも混乱しているため後手に回っていた。


「尤もサンストーン王国の内情が分かっているなら方針は推測できる」


「余所にちょっかいかける余裕はありません。こっちから侵略する余裕なんて全くありません」


 ソフィーにジェイクが頷く。


 どれだけジェイクが正体不明でも、内乱が終結したばかりのサンストーン王国が外へ意識を向けることなど常識では考えられない。各国の予測では、サンストーン王国は暫く内側でだけ活動するだろうとみていたし、実際その通りだった。


「さて、次はサファイア王国の動向だな。ルビーとアメジストが誘導されて睨み合っていた場合と、単なる偶然だった場合は全く話が違ってくる」


「サファイア王国の計略があった場合は、かなりひどいことになるかもしれない。その予想をする必要がある」


 助言を続ける【毒婦】と【妖婦】。


 ただそこには王を害する滴る毒でも、惑わす言葉でもなく、心底からの愛があった。

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