【傾城】は真面目
ジェイク・サンストーン国王には股肱の臣がいる。
ジェイクが王都の屋敷にいた頃から付き従い、旧エメラルド王国との戦争を経験。アゲート大公国時代にはサファイア王国との戦争、大義の行軍の際にも彼の傍にいたまさに側近中の側近。
それ故にジェイクだけではなく王妃レイラやエヴリンからの信頼も厚い、第一の臣下……。
と思わているのがリリーである。
世が世であるため、女が常に王の傍で警備をしていると言っても誰もが笑うだろうし、真面目に取り合わない。そして実力を見せたところで、女のくせにと思われるのは目に見えている。
しかし、暗闘における仮想敵筆頭であるパール王国がいまだ健在であるため、リリーにジェイクの傍を離れる選択肢はなく、彼女は男に化けたままジェイクの警護を続けていた。
余談だがリリーも正式に後宮の妃として記されているものの、レイラが後宮を完全に掌握している上に、リリーを世話している使用人は事情を知るエレノア教の隠れ信徒で固められているので、外部の人間はほぼ存在を知らない状況だった。
話を戻す。
「パール王国が混乱から立ち直るどころかますます割れてる」
ジェイクは後宮にある私的な執務室で、スライム情報網が齎した報告を見て顔を顰める。いや、スライム達だけではなく王城を出入りしている大商人、パール王国と国境を接する辺境伯達からも後にジェイクの下まで届いてくるほど、誰がどう見ても同じ情報であり結論なのだ。
「第二王子アントンが正統だろうと、第三王子、第四王子に挙兵の動きあり。一度火が付いた王位継承争いは死ぬまで終わらない、か」
自らも王位のごたごたという渦中にいただけはあり、ジェイクの声には実感が籠っている。
「第二王子アントンは、前パール王国国王のツケで混乱しましたかね」
「多分そうなんだろうね」
そしてリリーがごたごたの理由を推測するとジェイクも同意した。
王、宰相、第一王子の死を公表して、一気呵成に王位継承の混乱を終わらせようとした第二王子アントン・パールだが、一時はかなり優勢だった。ほぼ壊滅しているパール王国の裏の組織“貝”が接触する程度には。
だがそれがいけなかった。
「アントン・パールの周りの人事で急な動きがあった……僕はジェイク様のお傍にいますから」
「うん。ずっといて」
「はい!」
人によっては回れ右するような独自の甘い会話を繰り広げているリリーとジェイクだが、アントンにすればそれどころではない。
サンストーン王国を傾けるため【傾国】を利用しようとしたのに、その【傾国】が行方不明。【傾城】が所属していた“黒真珠”の脱走を知らされたアントンは大いに困った。
この男に対する命令権を有しているような危険生物達が野放し。特にパール王国の暗部に関与していた【傾城】の行方が分からないのだから、アントンは配下や護衛が洗脳されているのではないかと疑う必要があった。そのせいで人事に混乱が生じてしまい隙が生まれた。
この上更にサンストーン王国王族の暗殺失敗を知ったアントンは混乱の極みに陥り、殺したレオの亡骸をどうするかでもまた悩んだ。
その一時的なアントン陣営の機能不全を、他の王子達が見逃さずに挙兵しようとしているのが、パール王国の現状だった。
「生き残りをかけてるから簡単には終わらないだろうな」
大義を作り出しほぼ無血で王となったジェイクは例外であり、一度発生した王位継承争いで負けた場合、担いだ者達や周りを含め、血生臭い粛清と死を賜るのが通常だ。そのためどの陣営も必死であり、決定打が欠けた場合は大きな争いが起きるだろう。
「でもまあ正直なところ、謀略に耽りすぎるパール王国は全く信用できないし、リリーとレイラの身柄を確保しようとしてる疑いが常にある以上、内で混乱している分には好都合かな」
「ジェイク様……」
国家と女の安全を混同して語るジェイクだが、謀略を気軽に行うパール王国の混乱は好都合であった。
「とりあえずこちらから介入できないから放置一択」
「はい」
だがジェイクを筆頭に重臣達にもパール王国へ本気で侵攻する考えはない。誰が敵味方か分からない程混乱するのが目に見えているため、下手に手を突っ込めば後ろから刺されることはほぼ確実なのだ。
それに加えサファイア王国の通貨の件で経済的に混乱していることと、なによりサンストーン王国自体が内乱終結後の後始末で色々と調整を行っているため軍事行動を起こせなかった。
「よし、本日は終了。後は明日だ」
ジェイクが仕事終わりを宣言して体をグッと伸ばすと、途端に護衛が危険な存在に早変わりした。
「お疲れ様ですジェイク様」
「リリーもお疲れ様」
私的な時間になると女の姿となったリリーは艶然と微笑み、ジェイクとの距離をさらに詰める。
香を焚いていないのに妙な香りが部屋に漂い、視線や動作の一つ一つがジェイクに甘えたものとなる
女達全員がジェイクと結ばれたことで遠慮をする必要がなくなった毒蛇は、【傾城】とは関係なく彼に絡みついていたのであった。
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