商人達の独白

 サンストーン王国で内乱が起こる前から隠れたジェイク支持者、もしくは妙な表現になるが彼のファンとでも言うべき人間がいた。


(ジェイク・サンストーン国王陛下……か。ひょっとするととは思っていたが……)


 心の中でそう呟いたのはサンストーン王国で大きな勢力を誇る商人、ギルボアである。


(あれだけ先を当てられた人間が、大人しく忌むべき地アゲートに行ったのは、兄二人が共倒れすると見通していたのでは? そして騒動に巻き込まれないところで力を溜めて……いや、流石に考えすぎか? 大逆賊がエレノア教の神殿を焼き討ちすることなど誰も想像していなかった。しかし、常人では分からない幾つかは予測していたのではないか?)


 思考の袋小路に陥りかけているギルボアが、かつて暗殺組織“貝”の一部が考察したものと同じ発想に至っていた。ただ、“貝”と違うところはギルボアは直接ジェイクの先を見通す力を体験して、利益を出すことができていた。


(あの当時も、旧エメラルド王国がパール王国に奇襲戦争を仕掛ける予兆を掴んでいた者はいなかった。それを考えるとやはり、あの方には王への道が見えていたのでは……)


 随分前の話になるが、ギルボアはジェイクが屋敷にいたころ招待されたことがあり、そこで旧エメラルド王国が奇襲戦争を仕掛ける可能性があると聞かされた。そして事実その通りとなり、ギルボアも利益を出すことができた過去がある。


 そんな彼だからこそ、ジェイクが王となったのは必然ではないかと考えていたのだ。


 勿論事実は違う。エヴリンなど女達の策謀が背景にあったのだが、神の如き視点を持たないギルボアにしてみれば、全ての結果がジェイクに収束していた。


(惜しいことをした。折角殿下、いや、陛下の屋敷の美術品を取り扱えたのだから、記念に一点か二点は手元に置いておくべきだったな。私が先を見通せていない証拠だ)


 かつてジェイクの住居だった屋敷で美術品を買い取ったギルボアだが、それらを全て捌ききっていたので手元にはなかった。


 それをギルボアは、取引の証拠として一品くらいは確保しておけばよかった残念に思う。しかしあの時点でジェイクが王になると予言できる者がいるとすれば、それは占い師ソフィーすら凌駕する大予言者だろう。


(まあ過ぎたことはどうしようもない。それより外の周辺各国がキナ臭すぎるな……利益を出そうにもやけどするかもしれん)


 ジェイクが世に出る前からその才覚に気づいていたことが密かな自慢なギルボアは、商人らしく損得を考えながらサンストーン王国と周辺の情勢について思案を重ねるのであった。


 ◆


 ある意味のんびりしているギルボアと違い、それどころではないジェイクと関わりのある商人がいた。


(母さん、父さん。お貴族様になったかと思えばアゲートの金融を担当することになりました。ちょっと自分でも何を言っているか分かりません)


 それが彼自身でもよく分からない人生を送っている商人、フェリクス。正式にはフェリクス・ファブレガスである。


 そう、今までなかった姓があることから分かる通り彼は貴族になっていた。


 このフェリクスだが、彼を身内認定している国境貴族が、周囲の妬みを買わずさりとて功績に報いることができる線を見極め手続きをしていた。しかしこれは、レオがまだ健在だった時の手続きであり、正式な物は王都を抑えてからになる予定だった。それをジェイクが引き継いだ形になり、フェリクスは貴族の末席に座ることになったのだ。


 ついでにアゲートの金融関係も任されることになったが。


(エヴリン会長、チャーリー閣下ならきっとなんとかできると思いますよ。多分)


 同じ苦労人の同志に心の中で無茶振りするフェリクス。


 アゲート大公国は正式にサンストーン王国に組み込まれて王の直轄領になった。しかし、巨大化した流通と金の流れはアゲートの代官に就任したチャーリーがいかに万能とはいえ手に余ったので、エヴリンの弟子フェリクスがチャーリーの補佐を命じられたのだ。


(国境貴族の方々達からは凄い量の手紙が送られてきたし)


 この人事には実務の他に政治的な要素も含まれている。


 ジェイクの指示を受けたフェリクスから支援を受けていた国境貴族にしてみれば、フェリクスがその拠点であるアゲートの物流と金融を管理する立場になったことは喜ばしいことだった。


 現に国境貴族から挨拶の手紙がフェリクスのみならずチャーリーにも送られており、アゲートが国境の生命線だと分かる。


(それにこれ……やっぱヤバいよあの人……)


 今フェリクスの手元にあるのは、エヴリンから送られてきた手紙だ。しかしその内容が、アゲートのこの山で銀が出そうだから採掘よろしくと言った途方もないものだ。


 フェリクスが知る限り、アゲートの行政が山師を雇って見込みのある山を発見しようとした動きはない。それなのに、エヴリンが断言したということは、フェリクスが知らない内に金銀を探していたか、もしくは……突拍子もなくここにあると断定したかのどちらかである。


(よし。とりあえずできることからしていこう)


 エヴリンのとんでもなさを再確認したフェリクスは、気持ちを切り替えて仕事に向かう。


 後にアゲートの宰相商人と謳われる男の人生は中々に複雑だった。

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