【奸婦】と庭

 ジェイク・サンストーン王の執務室は二つある。


 一つは通常の執務室。そしてもう一つは自室である。


 なぜ自室が執務室かというと大臣が関係している。


 法大臣アボット公爵を筆頭に、通常の大臣が相手なら執務室で問題ないが、この新たな王は表沙汰にしてはいけない影の大臣とも言うべき存在を抱えている。それも複数。


 内務と外務を兼任できる古代王権の生き残り、アマラ大臣とソフィー大臣。


 宗教に加え外務という名の諜報を担当しているイザベラ大臣。


「精査が終わったでー」


「ありがとうエヴリン」


 そして【無能】ですらかなりヤバいと評する女、財務大臣エヴリンである。


 尤も今回のエヴリンにはそれほど仕事がない。サンストーン王国の優秀な文官達はきちんとした業務を行っており、滞っていた旧エメラルド王国領を領地とする者達への支援も再び行われ始めた。


「予算はぼ大丈夫。赤字の事業も許容していい奴。五年単位と十年単位の経済目標もちょこっと手直ししたらいいだけ。現時点って言う注釈はつくけど、内の問題はどれも将来的に片付く公算が大やね」


 そのためエヴリンが行った手始めの仕事といえば、精々が国家予算の分配、赤字の確認、国家の経済状況の分析程度であった。


 やはり異常である。優秀な文官達が作成した資料を簡単に読み解いて確認を行うどころか、それを手直しする余裕まであるのがこの金の化身なのだ。


「ま、あ、で、も」


 エヴリンがわざとらしく区切りながらニヤついて、ジェイクの耳元まで近づく。


「来年子供が生まれるなら、予算はちょーっとだけ見直さんとあかんかもなあ」


「確かに」


 笑みを深めたエヴリンと共に、ジェイクも頬を緩ませる。


 まだレイラが言っているだけで、薬師や医者の心得があるアマラでも判別できていないが、近い将来ジェイクの第一子が誕生する予定なのだ。それに合わせて第一王子の誕生を祝う諸々の行事の他に、後宮でも色々と調整しないといけないため、レイラのお腹に子供がいると確定した段階で、予算を修正する必要があった。


「後宮の予算か」


 ジェイクはぺらりと紙を捲って、予算が上下する予定の後宮について考える。そこで避けては通れないのが、元後宮の主である前王と、一時的に城内の予算を完全に握っていたに等しいジュリアスだ。


(ジュリアス兄上も父上に厳しいな)


 今現在、後宮が閑散としている原因はジュリアスにあった。


 前王が女にだらしないことに誰よりも怒りを抱いていたのは、諫めていたアボット公爵でもレオでも、そしてジェイクでもなく、ジュリアスだった。 


 これは後継者問題をこれ以上複雑にするなといったものではない。かつては事実上レオとジュリアスの一騎打ちであったため、王子が増えたからといって問題にはならない。


(後宮に予算を回すのが無駄にしか思えなかったんだろうな)


 ではなぜジュリアスが前王に対し、女にだらしないことで怒りを抱いていたかというと、その女一人が後宮に入っただけでも、大抵の場合は世話をする侍女などを含め色々と金がかかるからだ。


 それがジュリアスには無駄にしか思えず、今更女を増やして国庫を圧迫するなと怒りを抱いていた。


(合理と金による政を重視していたけれど面子にも理解がある。だけどそれ以上は許せない。殺しこそしなかったけれど、父上のことを気にせず反乱するはずだ。元々相性が悪過ぎる)


 ジェイクは兄と父の相性を冷静に分析した。


 もしこれが国家の面子に関わる行事、例えば国家間の行事だったらジュリアスはなにも文句を言わず、淡々と必要な予算を配分して執り行っただろう。だが現実はそうではなく、必要でないことで暴走しがちだった晩年の前王と、ジュリアスは相性がかなり悪かったのだ。


 そんなこともあってジュリアスは反乱を起こした後に王城での全権を握ると、パール王国の陰謀である【傾国】、もしくは【傾城】による暗躍を防ぐためと言って、後宮の人員を整理しきっていた。


 余談だがレオもまた女のことで予算を割くより軍に金を回せと思っていたので、図らずともこの兄弟は、父の女癖にうんざりしていたという点で、珍しく共通の意見を持っていた。


(妙な共通点やなあ)


 一方のエヴリンはこの件でジュリアスとジェイク、そしてレオに対しては推測交じりになるが、三兄弟の共通点を見出していた。


 レオとジュリアスは張り合いさえしなければ、ジェイクを含め三人とも華美より実用的な物を好み、軍政や政治において惰性で続いているだけの悪しき伝統を嫌う傾向があった。


「これから後宮の予算は上がり続けるやろうなあ。予算を確保しとかんと」


「エヴリンとの子供の部屋も確保しておかないと」


「ぐう……」


 揶揄うようにエヴリンが後宮の予算について口にすると、ジェイクに直球を当てられて呻き声が漏れてしまう。相変わらずの弱さだ。


「せ、せや。言わんといかんことがある」


 形勢不利と見たエヴリンは話題を変えたが……。


「今までいろんなとこへの配慮があったけど、他所に目を付けられて損にならん程度に金銀に宝石を地面から掘り返そうか。なんとなーくどこの山に埋まってるか分かるんよね。ふひひ」






















『よくぞまあここまで……神と呼ばれていた存在達ですら呆れるでしょうよ。まさに例外ですわねえ』


 ナニカですら想定外と言わざるを得ない女は、庭が広がれば広がるほど手に負えない存在になる、まさに金の化身であった。

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