無能と【傾国】の新たな朝

(ジュリアス・サンストーン……視野は狭かったが間違いなく傑物だったな)


 朝日が昇って暫く。レイラは隣で眠るジェイクに疲労の色がないのを確認すると、ある意味王城の支配者、文官達を統べていたジュリアスについて考える。


 この大逆賊として討たれ、事実反乱は起こしていた男は【政神】の名に相応しく、国家の歯車を円滑に動かす政のためにあらゆる措置を取っていた。


(全ての部署の手引書を改定して効率化させていたとは恐れ入る)


 元々ジュリアスは、内乱が起こる前には父王から内政において全幅の信頼を寄せられていたので、あらゆる部署に口を挟んで余裕を含んだ効率化を推し進め、時と場合による手引書を作成して押し付けていた。


 しかもその出来の良さは素晴らしいものであり、大逆賊が作成したという部分だけを意図的に隠して今でも使わないといけないほどであった。


 そのため大抵の問題は文官が処理できるため、例外が上に報告されて重要な案件として精査を行い、場合によってジェイクという王まで届けられて国家の案件として扱われた。


 その上、ジュリアスは近衛兵の不正を握ったように、国内の予算が自分の知らないところで消えることに敏感であり、目溢しできない存在は自分の派閥であろうと弾いていた。そのためサンストーン王国の文官組織は世界の水準を考えると驚くほど効率的であり、また腐敗が少なかった。


(ジェイクの負担が少なくなったのは僥倖だった)


 レイラの目の前で寝息を立てているジェイクは、ジュリアスの組織をほぼ乗っ取った形なので、優秀な機構をそのまま継承したことになる。そのためジェイクは、忙しいは忙しいが忙殺されるほどではない執務を行うことができた。


「んん……」


「起きたか。おはよう」


「……おはよう」


 寝ぼけ眼のジェイクが目覚めると、隣で見つめていたレイラがほほ笑む。【傾国】による魔性ではなく僅かに輝くような笑みであり、明け方のベッドで彼女にその笑みを向けられるなら、全ての男がなにもかもを投げ出そうとするだろう。


「……子供の名前考えてたらいつのまにか寝てた」


「ふふ」


 あくびでもしそうなジェイクがぽつりと呟くと、レイラの笑みが深まる。


 だがレイラのお腹に芽生えたばかりの命が生まれるのはずっと先のことであり、悩む時間は大いに残されていた。


「それにしても……やっぱりこの部屋広すぎない?」


「まあ、そうだな」


 ベッドから身を起こしたジェイクが部屋を見渡すとレイラも同意した。


 彼らの住居歴はサンストーン王国内の離れにあった屋敷。その次は初代アゲート領主が築いた領地に見合わない大きな城だったため、部屋もそこそこ大きなものだった。


 しかし上には上がいる。千年前に古代アンバー王国が滅んでから続く由緒正しいサンストーン王家ともなれば、王宮も度重なる増改築を繰り返しており、それに伴い王の部屋もかなりの広さになっていた。


「木剣を振れるのは助かるけどね」


「真面目なことだ」


「継続は力さ」


 ジェイクが肩を竦めると、レイラは指の皮が厚くなっている彼の指を見る。


 その広さに慣れていないジェイクだが、木剣を振るうスペースに困らないと考えるなら悪いことだけではない。彼は未だに素振りと基礎的な体力訓練を続けており、かつて王宮にいた頃のひ弱さはなかった。


「んんー」


(農村の小娘が今や王妃で、ジェイクは王か。人生どうなっているのやら)


 体を伸ばすジェイクを見ながらレイラは、奇妙な人生が更に奇妙になったものだとある意味呆れる。


 かつてサンストーン王国の路地にあった壊れかけの建物地下で出会った二人は、屋敷でひっそりと暮らす不要な王子と使用人の服を着た女。大公と大公妃。王と王妃。次々に身分を変えながら今に至るのだから、奇妙としか言いようがない。


「ここは慣れた?」


「ああ。それに派手な行事はまだ先の話なんだろう? なら普段とやることは同じだ」


 ジェイクは肩をぐるぐると回して体をほぐしながら、傍にやって来たレイラに問いかける。


 サンストーン王国は反乱が収まったばかりであり、未だ戦争で情勢が定かではないサファイア王国と、経済的混乱が酷く、まだ王位継承が確定していないパール王国を隣国で抱えているため、派手な国家の行事を行う余裕が全くない。


 そのため王妃としてレイラが表に出る機会もなく、彼女の周りは穏やかな時間が流れていた。


「国を傾けるなにかの勘はしないしな」


「それはよかった」


 【傾国】という国家を傾かせるはずの存在が、国家を揺るがす因子を感じないと言いながら、甘えるように王の背中から抱き着いた。


 通常ならばそのまま王が堕落して国が傾くこと間違いないのだが、完全にコントロールされている美は別の地点に到達しており杞憂だろう。


「子供の名前を考えて寝たと言っていたが、まさか子供の嫁のことまで考えていないだろうな?」


「はは。流石にそれはね」


 レイラがふっと吐息を送り込むようジェイクの耳に囁くと、彼は流石にそこまではまだ考えていないと苦笑する。


 その時の国内や国外の情勢だけではなく、なにより同年代の娘がいるかを考える必要があるため、今悩んだところで解決するものではなかった。


「さて、今日も一日頑張ろう」


「ああ、そうだな」


 一日の始まりを宣言したジェイクに、レイラは柔らかく微笑む。


 場所と時、身分が変わろうと、いつも通りの一日が始まろうとしていた。
















(子供の先のこと……教育係はそれこそ【無能】が一番いいんだけど……)


『……あなた、ひょっとして私をそうやって打ち負かす作戦に出ましたか?』


(なんのこっちゃ)

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