一周年記念 かつてのプロローグと今

 王宮を歩く青年、名をジェイク・サンストーン。王国の名を持って生まれた彼は、このサンストーン王国の王であり、世界最強の一角、リリーというこれ以上ない護衛に守られ王宮を歩いていく。


「おはようございますジェイク様」

「ジェイク様おはようございます」


「おはよう」


 ジェイクにアゲートから付き従い、解体された近衛兵団に変わって王宮を守護する任を与えられた衛兵達は彼に丁寧な挨拶をする。衛兵達にすればジェイクはアゲートからの主であり、それが王になったのだから敬意を向けるのは当然である。


「アマラ殿、ソフィー殿。おはようございます」


「うむ。おはよう」


「おはよう」


 青年、ジェイクが前からやって来た妖艶なアマラと無表情なソフィーに挨拶をすると、彼女達は微笑んで頷いた。ジェイクはこの世で最も高貴な存在と毎日挨拶を交わしている仲なのだから、アゲートから付いてきた者以外の人間達もその権威に従うのは当然である。


「イザベラ殿。おはようございます」


「おはようございます。今日もいいお天気ですね」


 それはエレノア教教皇イザベラも変わらない。彼女は慈母の笑みでジェイクと朝の挨拶を交わす。


 イザベラ、アマラ、ソフィーは住居であった大神殿が大逆賊の手により消失してしまっているので、彼女達はその再建の間、サンストーン王国の王宮で滞在していた。


 これにはサンストーン王国中の貴族が喜んだ。彼らは大逆賊を討った後、古代の王権とエレノア教教皇が他所の地に行ってしまうことを酷く恐れていたし、実際普通に考えると間違いなくそうだった。しかしアマラ達は予想に反してジェイクが大逆賊を討ったことを称えながら、サンストーン王国が再建した大神殿に住むと宣言したので、アボット公爵などは涙を流して喜んでいたほどだ。


 尤もアマラ達の本音は、王宮でずっと住むことができたらこっそりやってくる面倒が減るのだが仕方ない。というものだが、流石に古代の王権とエレノア教教皇が常に一国の王宮にいるのは、他所の王家に対して悪影響が出かねないため自重していた。


「それでは会食を楽しみにしております」


 イザベラがそう言ってジェイクの横を通り過ぎた。


 サンストーン王国にとって、彼、ジェイクは望まれて即位した。好色な王が下級貴族の娘に手を出して生まれた彼だが、上の兄は古代の王権に楯突き、経済状況を無視した大増税を行おうとして傘下の貴族にそっぽを向かれた。そして下の兄は最古の宗派と古代の王権が滞在する大神殿を焼き討ちした論外なのだから、サンストーン王国を立て直すにはジェイクが玉座に座るのが最良だったのだ。


 尤もジェイクと母の実家は疎遠のままであるが、これは両者が図った意図的なものである。母の実家はジェイクが生まれた経緯から、下級貴族が宮廷力学に関与する危険性を痛いほど知っていた。そして今までジェイクに関わってこなかった負い目もあり、以前と変わらず中央から遠い立ち位置を望み、ジェイクもまた親戚が急な権勢を振るうのを望んでいなかったので、悪く言えば今まで通り疎遠な関係を維持していた。


(スキル【無能】が真実かどうかはこの際どうでもいい。国内を最優先しながら外にも目を配って貰えるだけで万々歳だ)


 アボット公爵など最高位に位置する貴族達は、ジェイクがスキル【無能】所持者であることを知っている。もしくは噂に触れる機会があったが、その言葉通りかは現時点で問題になっていない。


 ジェイクは即位してから国内を最優先としており、混乱するサファイア王国やパール王国への介入するつもりがない。しかし、関心がない訳ではなく寧ろ積極的に情報を集めて国防の参考にしていたため、内も外も両方に気を配って無難にこなしていた。


 それに名前だけは立派なスキルに振り回された貴族達は、スキル名だけで本人の能力を判断してはいけないと考えていたので、とりあえず大きな問題は起こっていなかった。


「入るよ」


 そんなジェイクは、内乱時に人員の整理が行われて少し閑散としている後宮を歩き、王妃の地位にいる者の部屋に足を踏み入れる。


「まだ産まれてへんでー」


「当たり前だろうが。お腹だって目立ってないんだぞ」


 アゲートからサンストーン王国王城に移っていた第二王妃エヴリンがニヤリと笑い、呆れたような第一王妃レイラが肩を竦める。


 レイラの妊娠については、まだあくまで彼女の自己申告に過ぎなかったが、常識では測れない【傾国】の持ち主ならそれくらい分かるだろうと判断されていた。しかし流石にすぐに産まれることはなく、まだ彼女のお腹は目立っていなかった。


「そういえばお腹を蹴ったりするって聞いたことがあるような……」


 エヴリンの出産云々は完全に冗談だが、妊婦と接する機会がなかったジェイクは曖昧な知識しか持っていない。


「それもまだかなり先の話ですね」


 一方、以前の職業柄、女と男の間柄で発生する様々な知識だけは教え込まれているリリーが、ジェイクの耳元に正しい知識を吹き込む。


「その、多分ですけど……」


 しかしリリーの語尾がかなり弱くなる。普通に考えると赤子は十月十日で生まれてくるが、母であるレイラの【傾国】があまりにも常識外れであり、ひょっとしたらその半分くらいで出産するのではないかと半ば本気で思っていた。


(しかしまあ、子供のことを教えた時のジェイクはなんと言うか。ふふ)


 レイラが思い出すのは、サンストーン王国王城に到着したその日に、お腹にいる子供のことをジェイクに知らせた時だ。


『ジェイク。子供ができた。間違いない』


『え!? 今!? お腹に!? レイラ!』


 非常に珍しいことに滅多なことでは動じないジェイクが、途切れ途切れの単語で喜びを表してレイラを抱擁をしていた。


(俺が親かあ)


 まだレイラのお腹が目立っていないこともあり自覚が少ないジェイクだが、それでも感慨深げに子供のことを思う。


 しかし彼は実の父親と碌な関係が築けず、母親とは物心つくかつかない頃に死別しているため、親の振る舞いの参考にすることができない。


(まあ【無能】を少しだけ参考にするか。すっこしだけ。本当にすっこしだけ)


『は? す、すけこましだけ?』


(なに言ってるんだお前? すっこし親の参考にするってだけ)


『あ、ああ。なるほど。すけこましさんにしては殊勝な心掛けですわね!』


(なんで声が裏返ってるんだよ。それとすけこましから離れろ)


 急に自分の名を出された【無能】は意表を突かれたのか、珍しことに馬鹿笑いではなく素っ頓狂な声をジェイクに披露してしまった。


「それじゃあ仕事してくるね」


「ああ。子供のことは任せろ」


「うーい。って気が早すぎやレイラ」


「ではまた後程」


 そんな【無能】から意識を切り替えたジェイクは、王としての勤めを果たすため、レイラ、エヴリンに見送られ、リリーの護衛付きで執務室に向かうのであった。


 そこに王宮でいない者、不要とされて追い出された少年はいない。


 紛れもないサンストーン王国国王にして六人の妻の夫、そして一児の父になる男であった。


















 誰も、誰も、誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も気が付かない。


 気が付かせない。


 賢王を愚王に


 名将を愚将に


 賢者を愚者に


 勇兵を愚兵に


 無能と蔑まれたジェイク・サンストーン。彼の敵対者をそれよりも更なる無能に貶め、果ては国家を、世界を崩壊させる力を秘めた恐るべきナニカ。それこそが


『まあ……なんと言うべきか。おほほほほ』


 ジェイクに自分の親と言ってもいいんじゃないか? と表現された【無能】であった。



 ◆

 後書き

 日をなんとか合わせてやり切りました……。去年の5月3日。つまり丁度一年前に投稿を開始した拙作ですが、皆様のおかげで書籍化までするに至りました。皆様本当にありがとうございます。


 完結しそうな締め方ですが、残り二章か三章か。少々終わりが近付いているのは間違いありません。スキルとは、【無能】とは。そして【傾国】とは。その謎が解き明かされるまで頑張っていきます!

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