『    』王

「ジュリアスを呼べ!」


 一人で叫ぶことがめっきり多くなったアーロン王は、今日もまた閉ざされた部屋でジュリアスを呼べと騒ぐ。


 ジュリアス反逆から一度も部屋の外へ出ていないアーロン王は、全ての情報を遮断されていた環境に加え、利用価値が殆どなかったため態々接触しようとする者もいなかったので、外で何が起こっているかを一切知らなかった。


 アーロン王もまたスキルに振り回された男と言っていいだろう。スキル【食通】所持者の彼は、食のことならかなりの知識を保持することができ、ある程度それを王国の食糧事情の向上に役立たせることができた。


 しかしアーロン王の感性では地味すぎて、もっと素晴らしいスキルだったらなと常々思う日々が続いていた。そこへレオが【戦神】、ジュリアスは【政神】という強力なスキルを所持していることが発覚したものだから、自分はそんな強力なスキルの血統の元なのだと大いに喜んだ。


 余談であるがレオ、ジュリアス、ジェイクは間違いなくアーロン王の実子である。


 話を戻すがここで息子達に嫉妬せず、その才能を大いに伸ばすため環境を整えたのは親として間違いない愛情だったが……過ちでもあった。


 強力なスキルに憧れを持ち続けていたアーロン王と、サンストーン王国で数百年ぶりに発生した神スキルに対する教育方針が分からない教育係達が結びついて、いつの間にかレオとジュリアスは己のスキルを根幹として生きるようになったのだ。


 一方のジェイクは母親が下級貴族であり、ジェイク本人もスキル【無能】所持者であったため捨て置かれたが、そのお陰で【無能】は邪魔されず非常に多くのことをジェイクに教え込めた。尤も【無能】本人がかなり露悪的なので、教育者として適切かと問われると疑問符が付くが。


 ともかく、スキルに振り回されたのはレオとジュリアスだけではない。スキルが素晴らしいものであるという背景の中で、地味と言えば地味なスキルを所持していたアーロン王。そしてジェイクもまたある意味ではスキルに振り回されていると言ってもいいため、親子四人全員がそうなのだ。


 ただし、ジェイクの母を遠ざけ不必要なものとして扱ったのは、間違いなくアーロン王の意思であり、それが気に入らなくて気に入らなくて堪らない者の怒りを買ったのは自己責任である。


「失礼します。ジェイク・アゲートです。入りますぞ」


「は?」


 突然扉の向こうから聞こえてきた声と名は、アーロン王にとって青天の霹靂。驚天動地。いる筈のない存在である。


「お久しぶりです」


 アーロン王はその意味が全く分からなかった。


 鎧こそ着ているがレオとジュリアスに比べると覇気も才気もない顔立ちの青年。名は彼の名乗った通りジェイク・アゲート。前の名をジェイク・サンストーンであり、紛れもなくアーロン王の子であった。


 しかし、サンストーン王国王城にいる筈がない。アーロン王の認識では現在の王都はジュリアスの支配下であり、忌むべき地に追放した者が、監禁されている自らの部屋に訪れることなどあり得る筈がなかった。


「レオ・サンストーン殿下は死去。我々は謀反人ジュリアスを討ちとりました」


「な、なに? なにを言った? なぜお前がいる? レオはどうした? ジュリアスは?」


 公的なやり取りを続けるジェイクだが、アーロン王はレオとジュリアスが死んだと言われても呑み込めず聞き返す。


「レオ・サンストーン殿下は亡くなり、我々は謀反人ジュリアスを討ちとりました」


 再び同じことを説明するジェイクであるが、レオの死が確定したのはつい最近のことである。ソフィーの占いは死者に対して占えないため、その結果が出なかったことと、パール王国に存在するスライム情報網がレオの死体について揉めていることを把握して、間違いなく死んでいると結論付けられた。


 そしてジュリアスの首はジェイク達の下に届けられ、その死が確認されていた。


「それに伴いサンストーン王国国王の直系が途絶えましたので、不肖ながらこの私がサンストーン王国に戻り、ジェイク・サンストーンに改め直して即位することになりました」


「な!?」


 アーロンにしてみれば訳の分からないことだらけでも、淡々と話すジェイク・サンスト―ン王の言葉は決定事項である。


「前国王陛下の承諾も得られたことですので」


「なにを言っているううううううううう!」


 ついに理性を失ったアーロンが話している途中のジェイク王に掴みかかろうとするが、そのような無礼が許される筈がない。


「ぐげっ!?」


 ジェイク王の傍で控えていた護衛のリリーがあっという間に狼藉者の首を締め上げると、狼藉者の意識は一瞬で闇に落ちていった。


「ありがとう」


 リリーは狼藉者をベッドに放り投げ、ジェイクの感謝の言葉を受けて無言で控える。その目はどこまでも冷ややかだった。しかし流石に殺してしまうと状況的に、ジェイクが用済みになった存在をすぐ始末したと思われることを理解していたのでそれだけだ。


「王と王家、王族……か」


 殺される前に兄二人を殺したと言っていいジェイクが呟きながら、父にとって最後の拠り所だった印章指輪を指から引き抜く。


 だがジェイクと親兄弟はまともに家族として話したことなどないのだから、兄二人を死に追いやり父の最後の希望を奪おうと、そこに特別な感情が湧き出る筈もない。冷血漢なのではなく、事実として親兄弟は自分を殺そうとしてきた他人に等しいのだ。


「戻ろう」


「はい」


 ジェイクとリリーが部屋を出ると、彼は部屋の前で控えていたアゲートから付き従う兵士達、正体はスライムに頷くと彼らも無言で頷いて部屋の前に立つ。


 部屋の中の主は最早なんの権力もないが、それでも好き勝手動かれると面倒であるため、生涯外に出さないことが決定していた。


 部屋を後にしたジェイクが王城を歩くと、部屋の遥か先で待機していた最高位の貴族、公爵達が気も漫ろで待機していた。その中にはジェイクが王都に入る前に合流することができたアボット公爵の姿もある。


 余談だがこの苦労人公爵、面倒で誰もやりたがらない法大臣に復職することが内定しており、将来は色々と明るかった。しかしジェイクに呼応することなく捕縛された、近衛兵の主だった者への死刑執行の手続きが控えていたため、早速仕事が待ち受けていた。


 閑話休題。


「前国王陛下は病気療養を理由に退位を宣言されて、王位を私に譲られた。これより私はジェイク・サンストーン王であり、玉座の間で正式に宣言する」


「はっ!」


 自らが王であると宣言したジェイクにアボット公爵達が跪いた。勿論彼らもジェイクの言葉が嘘であることも、ジェイクが前国王の部屋に赴いた理由が単なる体裁を整えるためなのも知っている。しかし、前国王は数多の失策により権威も求心力もなく、ジェイクが玉座に座るのが一番丸く収まるのだから事実にするしかない。


 それは玉座の間で待機していた貴族達全員も承知の上だった。


 更に述べるならジェイクが玉座に座る見届け人として、アマラとソフィー、イザベラが参加しているのだから、ジェイクが王位を継承するのは決定事項なのだ。


「先ほど王位の継承が認められた。これより私はジェイク・サンストーンであり、サンストーン王国国王を継承する者である」


 あらゆる王位継承に関わる行事や過程をすっ飛ばして玉座の前でジェイクが宣言すると、貴族達は臣下の礼で応える。


『一区切りついたことですし、いっそのこと王朝名を変えてはどうです?』


(王朝名を変える? なんだそれ?)


 そのジェイクは相変わらず【無能】をあしらっていたが……。


 とにかくこの日から、ジェイク・サンストーン国王の時代が始まるのであった。



























 ◆


 極僅かな者しか立ち入らない場所。


 そこの一室の中のことなど誰も気に留めない。


 食事も提供される。身を清めることもできる。


 しかし外に出ることは許されない。だから漏れない。狂乱が。


 誰からも必要とされず、いらない者として扱われ、隅に追いやられて自由もない。


 なにを言ったか伝わっていない。


 どうしていたか伝わっていない。


 それはまるで中にいる誰かが、かつてある女にした仕打ちとほぼ同じ。


 勿論死因も伝わっていない。


 不要と判断されて新王に始末されたか、気を利かした貴族の誰かが殺したか。はたまた狂死したか自死したか、それとも病死したか。


 歴史に名を残そうとしたのに、誰もが意図的に忘れようとしている存在になるのは皮肉極まるだろう。


『おほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ! おほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ!』


 それをげらげらと笑うナニカだけは見ていたが。








 後書き


 タイトルの空白はお話の流れ通りわざとでした。


 あと話が色々すっ飛ばして始まったのは、その視点から見るとあまりにも唐突すぎるという意図があったとだけ……。

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