反逆者の足掻き

「どうなる? レオの馬鹿が無能に従うはずがない……しかし、軍を通すだけなら黙認するか? いや、それだって我慢できんだろう」


 ジェイクが古代王権とエレノア教の後押しを受けて軍を起こすという報を受けて、ジュリアスは的確にレオを分析をした。


 アゲートから軍を起こしてジュリアスを討つためには、どうしてもレオの勢力圏を通り抜ける必要がある。それにジュリアスは負けるつもりなど毛頭ないが、もしジェイクが勝利した日には、レオは無能の戦果によって玉座に座らせてもらった男になる。そんなことをレオが容認するはずがない。


 そのためジュリアスは、レオは名指しで古代王権に非難されようが、アゲート軍の通過を絶対に許さないと判断した。


「これならなんとか態勢を整えられるか?」


 ここでジュリアスは楽観的な考えをした。


 確かにレオとジェイクが睨み合って動けない状況は起こるかもしれないが、歴史に名を残す大逆賊の汚名を背負っているジュリアスが、その間に態勢を立て直すのは不可能に近い。できたとしても僅かな延命が精一杯だろう。しかし、他に選択肢がない以上、そう思い込むしかなかった。


 ジュリアスのレオに対する評価、そして逆にレオからジュリアスへの評価はなんとも表現し難いものがある。


 倒すべき敵として冷静に分析している部分もあれば、虚栄心から下に見ている部分もある。そして過大評価している部分もある。


 この場合のジュリアスからレオへの過大評価は、レオなら傘下の貴族を纏めてどうにかするだろうというものだ。


 だが両者とも、ジェイクに対する評価は無能であるという一点で完全に一致していた。


 父であるアーロンからは完全にいない者として扱われ、覇気も才気もなくボケっと王宮で過ごし、止めにスキル【無能】所持者となれば、その評価も妥当だろう。ただ、自分達が優れていれば優れていると思うほど、その末であるジェイクもひょっとしたらという視点が欠けていたが。


 そしてもう一つ。アーロン王、レオ、ジュリアスにとって王家の恥であり不要な無能でも、貴族達にしてみれば上三人がとんでもないことをしでかした場合、十分に担げる神輿であるという視点も欠けていた。


「父上はどうしておられる?」


「はっ。その、相変わらずと申しますか……」


(ちっ。言ってやろうか。ご自慢の長男は古代王権に楯突いたとな)


 ジュリアスがアーロン王を幽閉している近衛兵に尋ねた。そしてこの場合の相変わらずというのは、未だにレオへの援護を諦めず色々と足掻いていることを意味しており、ジュリアスはそのレオの近況を知らせてやりたい欲求に駆られる。


 しかし、アマラ達が大神殿から脱出したことに関しては、どう言い繕ってもジュリアスの失態に繋がるため、その話をするのは面白くなかった。


「目を離すなよ」


 それ故にアーロン王は、変わらず監視されるだけの存在であった。


 ◆


 それから暫し。


「無能の軍はレオ傘下の貴族を吸収しているだと!? レオはなにをしている!?」


「ま、全く動きを見せないようでして……ひょっとすると……」


「まさか死んだか!?」


 アゲート軍が堂々と行軍を続けているという報告を聞いたジュリアスは、楽観的な判断が打ち砕かれて絶叫した。


 レオの傘下貴族がアゲート軍に合流しているという報告は、絶対にそれを許すはずがないレオの死、もしくは身動きが完全にできない状況にあると察せられる。そしてジュリアスにしてみれば本来なら朗報でも、今の情勢ではこれ以上ない大義がなんの障害もなくやってくる凶報だった。


(いやそれよりも、無能が易々とレオ傘下の貴族共を吸収しているなら古代王権とエレノア教の工作は思ったよりもずっと早く大規模だ! なぜ碌に会ったことのない無能のために!)


 ジュリアスは古代王権とエレノア教が裏工作をしている想定はしていたが、常識的に考えるとまずは繋がりがないジェイクの力量と性格を判断して、どう行動するかの打ち合わせをする時間が必要である。そのためジュリアスは、アゲート軍がいきなり行軍を開始したのは、大義を手にした無能が逸って準備をせず行動を開始したのだと思っていた。


(これではここから逃げた連中やアボット公爵のような者達にまで、エレノア教司祭という使者が送られているな……!)


 事実である。


 ジュリアス派だけではなくアボット公爵の下にもアマラ達の手紙は届いており、サンストーン王国のために立ち上がることを確約していた。


 ただほんの少し悲喜劇が起こっていた。


『その……親書を送っておりまして……』


『お気になさらず。私共もアボット公爵閣下のお立場は理解しておりますので』


 アボット公爵はレオへの密書の件で胃が破裂しそうになりながら、司祭に事のあらましを伝えてる羽目になっていた。しかし、物理的にそれを知ることができない位置にいた密使バートが密書を燃やしたのは無駄ではない。現物がレオの手に渡ることなく、またアボット旗下の者がアゲート軍に加わったのは大きな功績といえるだろう。


 閑話休題。


(……この王都はあくまで政治都市だ。戦うための立地ではない。しかし、この俺が無能の軍勢に対して退くだと!?)


 サンストーン王国中がジェイクに従い、明確な意思を持って敵対することに気が付いたジュリアスは、王都の放棄について考える。


 政治的に発達した王都は城郭こそ立派ではあるものの、平地のど真ん中に位置する都市であり、攻められやすく守り難い立地にある。更に王都の民が蜂起する可能性もある上に、抑える兵力が少ないため王都にいては戦えない。


 それ故に万が一の場合を考えて整備していた山間部の砦で戦うことを考慮したが、それは無能と見下していた男から逃げることを意味していた。


(レオの間抜けめ! 無能と膠着することすらできんのか!)


 だが我を張ったレオがジェイクを許容しないという前提が崩れたので他に選択肢などない。砦に逃げてその先があるかはまた別問題だが。


 それに……前提が崩れているのはジュリアスだけではなかった。

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