誤算だらけの男
時間をエレノア教大神殿が焼失した、少し後まで遡る。
「ジュ、ジュリアス殿下……ガーン伯爵も、その……いつの間にか王都から……」
「おのれ! 恩知らず共め!」
近衛兵から、王都にいた多くの貴族がいなくなっていることを報告されたジュリアスは激高した。この言葉と激高の仕方は、絶対に認めないだろうが彼の兄であるレオとそっくりだった。
だが兄弟でも立場は大きく違っている。この世界で最悪の立場の男を探すなら、ジュリアス一択になるほど彼の状況は悪く、古代の王権に楯突いたレオですら遠く及ばない。
なにせ最古の宗派であるエレノア教大神殿と、そこにいた教皇に加え古代王権すら攻撃したのがジュリアスなのだ。レオが政治的死人ならジュリアスは世界史に名を残す大逆賊といっても過言ではない。
それ故にジュリアスの配下だった貴族達は、大逆賊が支配するサンストーン王国王都にいて、与していると思われては堪らないとばかりに、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。
「パール王国の陰謀か、レオの仕業だと何故分からん!」
(なんとも言えん……)
絶叫を上げるジュリアスに対し、完全に賛同する者はいないが、さりとて完全に否定する者もいない。
確かにジュリアスは大神殿を監視せよと命じていたが、囲めとは言っていない。しかし近衛兵が調査をしても、自分は悪くないと言い訳する者ばかりで、大神殿を囲めと言った者が突き止められていなかった。しかも関わっていそうな者達は、全員が身の危険や責任追及を恐れて逃げたと思われ、真相は完全に闇の中であった。
それにジュリアスは、旧エメラルド王国との戦いで、レオから兵は勝手に動くと口酸っぱく言われていたのに、下をコントロールできなかった前科がある。そのため陰謀なのか、また下が勝手にやったのか近衛兵達には判断できなかった。
ただし、各宗派の司祭や民衆は、間違いなくジュリアスの手によって大神殿が焼き払われたと確信しており、それに引き摺られるように貴族達は、ジュリアスが大混乱から立ち直る前に王都からの脱出に成功した。
(どうしてこうなる! こいつが負けたら俺達も縛り首だというのに!)
なお激高しているジュリアスに対し、近衛兵の隊長格も激怒していた。
反乱時、気づかれずに王都と王宮に軍を入れることほぼ不可能であったため、ジュリアスは近衛兵の悪事と不正の証拠を握って、王都と王宮の制圧に使っていた。つまり近衛兵はアーロン王の捕縛やレオ襲撃の実行犯ということでもあり、負けた場合に絶対許されない立場なのだ。特にレオは、例えジュリアスの首を持って行こうが後々近衛兵を殺すことが目に見えていた。
それなのにジュリアスが蹴躓くどころではない状況に陥っているため、近衛兵の隊長格は怒りを覚えていた。自業自得だが。
「レオから目を離すな! あの愚か者は必ず調子に乗って攻め入ってこようとするはずだ!」
ジュリアスはまだレオが古代王権に楯突いたことを知らなかったので、怨敵がこの機を逃さず攻め入ってくるものだと考えた。
(金なしのレオは軍をそれほど動員できない筈。ならば十分勝機はある!)
ジュリアスの思考には、レオの財布では大軍を動かせることができないという楽観論が入り混じっている。大逆賊ともいえるジュリアスを討伐するため、各地から支援が送られてくることはほぼ間違いないのに。
軍を動かせる状況になった【戦神】は全てを粉砕するだろう。
尤もそのレオがどうしようもなかったのだが。
◆
それから少し。悪名のせいで壊滅的に劣化しているジュリアスの情報網すら、見逃さなかった大きな知らせがジュリアスの下にやって来た。
「な、なに? レオはアゲートに踏み入ろうとして、そこにいた古代アンバーの双子姉妹に直接非難された? しかもイザベラ教皇まで一緒にいただと?」
「はっ。どうやら間違いないようでして……」
我が耳を疑うとはこのこと。ジュリアスは近衛兵が齎した情報を聞き返してしまった。それは情報を持ってきた者ですら同じ気持ちであり、なぜアマラとソフィー、イザベラがアゲートにいるのか分からなかった。
「いや待て。レオが馬鹿をやるのは目に見えていたのだ。ありえなくもないか……」
困惑したジュリアスだが、多くの者達と同じく非常に常識的な判断をした。
レオには権威を軽んじた前科があり、アゲートはつい最近アマラとソフィーが訪れた土地なのだから若干の繋がりがある。そしてサンストーン王国の周辺は混乱しているため、一時的な避難場所としてならアゲートは十分機能するとジュリアスも考えたのだ。
「……アゲートにいる双子姉妹とイザベラ教皇に使者を送る。此度の騒動は全てレオの息が掛かった兵士によるものであり、私は関与していないとな」
「はっ。しかし……使者はどなたが……」
「……くそっ!」
居場所が分かったアマラ、ソフィー、イザベラに対して弁解の使者を派遣しようとしたジュリアスだが、高位の貴族が軒並みいなかったため、彼女達に送る使者として的確な格と身分を保持している者が全くいなかった。
「近衛の適当な者に私の親書を持たせろ!」
「はっ!」
仕方なくジュリアスは近衛兵を使者として派遣することにしたが……。
(幸いレオが馬鹿をやったから、なんとかなる筈だ)
ジュリアスは、レオも動けなくなったと考えるだけで思い至らない。仕方ないことだろう。彼が恐れたのは大義名分を得たレオが、意気揚々と攻めかかってくることだ。
◆
「ジュリアス殿下! イザベラ教皇、アマラ様とソフィー様がアゲート大公に協力を要請し、アゲート大公国が軍を起こすという情報が!」
「無能がだと!?」
弁解の使者がアゲートに到着して情報を持ち帰る前に、その知らせを受けたジュリアスは完全な不意打ちを受けた。彼にとってこの内乱はレオとの一騎打ちであり、ジェイク・アゲートという存在は頭の片隅にもなかったのだ。
敗走のきっかけを作りそうだった旧エメラルド王国との戦い、レオを取り逃した反乱を含め、大事なところで必ず失敗してしまう男が、致命的な認識の誤りを知ったのであった。
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