専門家

(勝ったな)


 契約して戦い、生き残り金を稼ぐ専門家である傭兵アイザックは、その経験則と勘から自軍の勝利を確信していた。


(アゲート大公はレオ派の貴族を全員受け入れてるんだ。戦後に生き残りたいならそりゃあ行軍に参加するに決まってる)


 アイザックは職業上、敵味方や情勢を見極める必要があるので、貴族同士の関係や紋章にもかなり詳しい。そのため軍内に、レオと非常に近しい立場だった貴族が複数いることに気が付いた。そして一兵士でありながら、その貴族達が政治的に何を考えていたかについても頭が回る。


 ジェイクは合流してきた貴族がどれほどレオと近しい立場だったとしても例外なくアマラとソフィー、イザベラの前で受け入れており、非常に降りやすい存在だった。その結果、ますますレオ派の貴族が集結することになり、今では十分な戦力が整っていた。


(後はジュリアスのとこから脱出した連中が合流したら終わりだ。ま、元々勝ってた戦いではあるが)


 アイザックは慢心でも油断でもなく、専門家として客観的な分析をする。この分析が悲観的過ぎても楽観的過ぎても生き残れない世界で、今でもアイザックは現役なのだからその能力は間違いないものだった。


 ◆


(旧エメラルド王国との戦いでも思ったけど、やっぱりレオ傘下の者達は精兵だらけだ)


 堂々と行軍するアゲート大公の軍の中心、ジェイクを護衛するため男に化けているリリーは、吸収した元レオ傘下の貴族と兵達が精鋭揃いだと改めて認識した。


 誰も彼もが腹を括っている顔であり、死を恐れぬ覚悟を固めた者達は、アゲート大公国が抱える熟達した傭兵達に劣るところではない。そんな兵達なのだから非常に頼りになるだろう。


 普段なら。


(怪しい者は今のところいない)


 リリーの蜘蛛の巣のように張り巡らされた知覚は、元レオ派を含めジェイクの命を狙っている者がいないかを探していた。


 現在の情勢的に元レオ派が裏切る心配はほぼないが、ジェイクの筆頭護衛ともいえるリリーに油断も慢心もない。彼女は殺しの専門家として集結した者達をじっと観察していた。


 その気になれば精兵ですら瞬きの間に殺せる死が。


 ◆




 実は隠れた、そして非常にギリギリの崖っぷちにいた専門家がいた。


 その名をバート。アボット公爵が最も信頼している裏の者である。


 法大臣を務めていたこともある清廉潔白なアボット公爵でも、公爵家という最高位の貴族なのだから、裏の仕事を行う人材くらいは所持していた。そんな者達の中でも最も腕の立つバートを、アボット公爵は自分の親書を持たせてレオの下へ送り込んだ。


 これが以前にも述べたが非常に大変だった。ジュリアスの配下に見つからないよう山を越え谷を越え、道なき道を突き進んでの歩みだ。そのため……なんとかレオが支配する勢力圏に辿りついた時には情勢が一変していた。


(レオ殿下は古代王権に楯突き、ジュリアスは大逆賊。そしてアゲート大公が出陣と貴族達の集結……)


 苦難の道を突き進んだせいで服のあちこちがほつれ、髪がぼさぼさになっている壮年の男バートは岐路に立たされていた。情報収集の結果、親書を渡す筈のレオが失墜して、ジェイクが代わりに立ったことは間違いないことがその原因である。


(この親書は……やはりどう考えても駄目だ。表に出せない)


 バートは懐に隠してある親書は、主であるアボット公爵がレオの傘下に加わりジュリアスを討つことを誓った起請文のようなものだ。それ故に一歩間違えれば、アボットすら古代王権に楯突いたと判断されかねない危険物であり、バートはそれを決して表に出せなくなった。


(ならば……)


 悩みに悩んだバートだが、どう調べてもレオの失墜とジェイクが行っている大義の行軍は間違いなかったため、自分の命を捨てると同義の独断をした。


 バートは親書から、アボット公爵家の紋章が入った封蝋だけを剥がすと、火を起こして手紙を燃やし尽くした。そして念入りに燃えたことを確認すると態々灰を集めて川に流す徹底ぶりで、主と古代王権に楯突いた者の繋がりを完全に抹消した。


(最後の仕事だ)


 封蝋だがアボット公爵家の紋章を手にしたバートは、恐らく自分の最後の奉公になるだろうと思いながら、アゲート軍に接近することにした。


「私の名はバート! コーネリアス・アボット公爵閣下の使者として参上いたしました!」


 裏の人間が封蝋とはいえ公爵家の紋章を勝手に使い使者を名乗ったのだから、通常では許されることではない。しかし、今からアボット公爵領に戻って判断を仰いでいては、致命的な遅れになると判断したバートは、死ぬつもりで行動に移した。


 これで公爵家の紋章を使った不届き者として処分されても、後々こういった者がいたという記憶はアボット公爵に有利に働くため、受け入れられようと殺されようとバートにはどちらでもよかった。


 しかし結果はバートの予想とは少しだけ違っていた。


「確認をさせて頂きました。申し訳ありませんが親書がなく顔を知っている者がいないため、アゲート大公陛下、アマラ様とソフィー様、イザベラ猊下の下へお連れすることはできませんが、皆様からアボット公爵共々その国家への忠は見事であるとのお言葉がありました」


「おお……!」


 バートはアゲート大公国の騎士による望外の対応に喜んだ。裏の人間であるため顔見知りがおらず、親書も持っていないバートが、ジェイク、アマラとソフィー、イザベラから、主への言葉を受け取れたのはまさに僥倖であった。


 後々、勝手をした責任を取ろうとしたバートだが、命を救われたに等しいアボット公爵がそれをさせる筈もない。


 尤も越権行為に命令違反という専門家にあるまじき行為なのは間違いないが……。


『おほほほほほほ。越権行為は良かれと思っても反乱に繋がるから慎む必要がありますけど、ま、こういった面白みがなくては。おほほほほほほ』


 【無能】にしてみれば愉快な出来事だった。

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