敗者としての死に様

「愚か者共め! 何故分からん!」


 二十代中頃の男性、パール王国の第二王子アントン・パールが自室で喚きたてていた。


 この褐色の肌と額に付いたパールという、まさにパール王国人らしい特徴を持つアントンは、世の正しさに真っ向から逆らう者達に恨み骨髄であった。


「兄上が死んだのだから次は俺だろうに!」


 その恨みは、パール王国王のだけではなく王位を継ぐべき王太子も死去したことで、代わりに玉座に座るべき第二王子アントンを差し置いて、自らの血縁こそを王にするべく蠢動していた者達に向けられていた。


 しかし元々アントンの母は前パール王国国王の正室ではなく第二夫人というべき立場で、なお悪いことにアントンの弟達の中には正室が生んだ者も含まれていた。


 これで後継者を定める王に加え、王太子と宰相が同時に死んだことも合わさっているのだから揉めない訳がない。それぞれの派閥が揉めに揉めて、王達の死を発表するタイミングすら打ち合わせできない程に争っていた。


「もうそんな余裕など何処にもないだろうが!」


 アントンの怒りは収まらない。


 サファイア王国の通貨が混ぜ物だらけと気が付かされたパール王国の民は、自国がため込んでいたサファイア王国の金貨と銀貨も粗末なものではないかと疑い、瞬く間に金融不安を引き起こしていた。


 勿論権力争いをしている連中も、これを一刻も早く収めるべきだと考えていたが、争っている相手がこれを収拾するとそれが政治的得点となるため……妨害していた。


 アントンの怒りも仕方ないことだが、国難だろうと権力争いを優先するのは人間の性であり、馬鹿に、人間につける薬はないと諦めるしかないだろう。


「最早我慢ならん! 父上達の死去を公表して一気にケリをつける!」


 だからこそアントンは、次期王が決まるまでの混乱を回避するため、秘密となっていた王達の死を公表して一気に決着をつけることにした。


「国王陛下と王太子殿下、宰相が死んでいた!?」


 勿論王都中がパニックになった。


「なに? サンストーン王国のレオ王子がやって来るだと?」


 そんな場所に、レオがやって来るという知らせが舞い込んできたのだ。誰もが目を血走らせた火中にして渦中の真っただ中に。


 ◆


(王に王太子、宰相まで死んでいただと? これは利用できるな)


 パール王国の王都に向かう道中で、王、王太子、宰相の死を知ったレオはこの状況を利用できると考えた。彼の目線でもパール王国の内乱は間違いなく、【戦神】の武力を求めて様々な勢力が接触してくるだろう。それに加えると、まだ正式な婚姻関係ではないが、パール王国の姫との関係もあるため、上手く立ち回ればレオは大きな勢力を築くことができるだろう。あくまで彼の目線では。


(見ているがいいジュリアスに無能! 必ずや首を撥ねてやる!)


 レオはジュリアスとジェイクを殺害して至高の玉座に座ることを諦めていない。だが全く意味のない未来予想図だ。自らの力をきちんと把握しているアマラとソフィーはレオの復権は不可能と断じていたし、レイラの勘もレオがここから浮かび上がるのは無理だと判断してその結末も察していた。


 だが結末は同じでも、彼女達ですら完全に予想外の存在がいた。


 少なくともレオはジェイクに対しては無関心であるべきだった。最早真後ろにぴったりといるような精度で、じっと見ている存在が……恨みを募らせていたのだから。


 今まで本当に我慢していた。レオがまだレイラ達と出会う前のジェイクを、王家の恥部として始末しようとしたのは一度や二度ではないのだ。だが超厳密に解釈するとスキル【支配】や【操作】の類ではないので、予想外の事態を避けるため大きな行動を避けていた。


 しかし……もうその必要がなかった。決定的に権威の凋落したレオを懐かしむだろう存在はおらず、サンストーン王国の貴族達には確立した権威を持つに至ったジェイクしか選択肢がない。


(なんだ? ようやく出迎えが来たか)


 街道をゆくレオは、その先から二百ほどの騎馬がやってきていることを察知して、ようやく自分を出迎えるための者達がやって来たかと判断した。


「サンストーン王国のレオ殿下ですか?」


「そうだ」


「レオ殿下をご案内するため王都から派遣された者です。こちらへ。ご案内いたします」


「うむ」


 二百の騎馬はレオの前まで馳せ参じると、彼を王都へ案内するため先導しようとした。


「ご苦労だった。ここからは我々が引き継ごう」


「はっ」

(ようやく終わった。幸い道を引き返した先に小さな町があるし、そこで一旦休もう)


 一方、これまでレオを護衛してきたジャノンの騎士達は、これで他国の王族の護衛などという面倒で緊張する任務が終わったと判断して、清々しい気持で道を引き返した。それに、王都から派遣されているらしい騎士達は、田舎領主のジャノンの騎士より遥かに格上であり逆らうこともできない。


(ここから俺の再起が始まるのだ!)


 護衛の騎士達に囲まれてレオは道を征く。


 レオは当事者なのだから気が付くべきだった。一度始まった王位継承争いは負ければ死であるため、大抵の場合は勝者が決まりそれ以外が死ぬという場所まで行きつかないと終わらない。勝者が許すという甘言を用いようが、不穏分子を後から始末するのは決まり切っているだろう。


 つまり、パール王国で王位継承争いが起こった時点で、参加者全てが生き死にを賭けて争っているのだから、どのような手段を使おうと王位を目指さざるを得ない。


 だから……そこへ舞い込んだレオを前に我慢ができなかったし理由もある。


 古代王権からのお褒めの言葉は後に有利を齎す。


 隣のサンストーン王国でほぼ間違いなく誕生する新たな王と良好な関係を築けるだろう。


 自国の姫との婚姻約束が破談していないため、王位継承争いに口を挟んでくる可能性をなくせる。


 更には。


 レオが物資を要求したことで、祖国が滅茶苦茶になったと考えた文官の逆恨み。


 旧エメラルド王国が占領したパール王国の領土を、その後にレオ派の貴族が占領したことによるかつてのパール王国国境貴族の逆恨み。


 そして政治的死人のため、他所の非難はそれほど考慮しなくていいこと。


 様々な理由があった。


 パール王国の上層部はほぼ同じ結末を望んだ。それがいち早く行動に移したアントンの騎士だというだけの話だ。


「あ?」


 レオの口からポカンとした声と共に血が吐き出される。


(なぜ?)


 レオは二つの意味で信じられなかった。自分なら絶対に気が付くはずだという確信が裏切られたこと。そして、自分の胸から突き出ている槍の穂先が血で輝いていること。


(王に……)


 口から呟かれた最期の言葉はなかった。しかし、思いはどこまでも玉座に囚われていた。


「遺体を布に包んで隠せ」


「はっ」


 後ろからレオに槍を突き立てていた騎士が獲物を引き抜き、周りの騎士たちがレオの遺体を布に包んで隠す。


 白昼堂々とはいえ背の高い騎馬二百に囲まれて隠された凶行。


 十万の兵を指揮すれば世界を統べ、そして木っ端微塵に瓦解する可能性を秘めていた男のあまりにもあっけない死に様。


 【戦神】レオ、異郷の地にて斃れる。


 戦神の類の末路は限られる。


 戦場での無敗を続け、政治的無策で国家を相手取り非業の死を迎えるか、なんとなかっても後の代にとんでもない爆弾を残すかだ。


 尤も、とんでもない爆弾に悩まされたのはレオの殺害を決定したアントンも同じである。


「生前の国王陛下がレオ、ジュリアスだけではなくアゲート大公国にも暗殺者を送り込み、その者達は帰ってきておりません。皆が額にパールがありましたので……レオの首と引き換えにアゲート大公に援助を申し込むと、最悪の場合はその者達の首が送り返されてくる可能性が……」


「なんだと!? まさかジュリアスが喚いていたのは本当のことか!?」


 ほぼアントンに王位が決まったと判断したパール王国の暗部“貝”は彼と接触して、死去した王のやらかしを報告した。第二王子だったため裏のことを知らなかったアントンは驚愕して、レオの首に意味があるどころか、玉座そのものが貧乏くじであることを知ったが後の祭りであった。
























 ◆


 一言も発さなかっただけで、その怒りの深刻さが分かるというものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る