勝者としての生き方

 この世界において辺境送りとは大抵の場合は栄転を意味する。なにせ辺境とは国境を意味することが多いのだから、そんな場所へ信頼できない者を置くと、隣国と内通するどころか最悪の場合は寝返る可能性すらある。


 そのため役立たずを放り込む物置にすることができないため、隣国が攻めてきてもなんとか耐えることができる能力があり、かつ信頼できる者が辺境を任されるのだ。


 だからこそエバンを筆頭としたサンストーン王国の国境貴族は、レオからその能力があって信頼できる者であると公言されたに等しく恩があり、レオとの関係をギリギリまで切ることができなかった。


「ジャノン様、その、サンストーン王国第一王子レオを名乗る人物が面会を希望しております……」


「はあ!?」


 そんな有能な筈のパール王国の国境貴族ジャノンをして、突然レオを名乗る者が訪れてくるのは青天の霹靂であり、報告してきた者も非常に戸惑った顔をしていた。


「偽物……が名乗るにしてもその名は……」


 二十代後半と、貴族家の当主としては少々年若いジャノンは、反射的に偽物がやって来たと思ったが、現在レオという名は古代王権に楯突いた者としてパール王国でも広がっており、偽名として使うにはとんでもないリスクを抱えていると思いなおす。


「ひょっとして本物で、どうにもならなくなったから追い出されたか?」


 ジャノンが正解を導き出す。


「困ったぞ……古代王権に楯突いた他国の王太子が亡命だって? だが……会わない訳にはいかないか……」


 ジャノンは苦悩した。そんな怪しい奴は偽物に決まっていると無理矢理追い返す選択肢もあったが、それをすると本物だった場合、古代王権に楯突いたとはいえ他国の王太子に無礼な振る舞いをしたとして後々非難される口実になるだろう。


「仕方ない、会おう」


 刺客の可能性もあるが、情勢を考えるとレオ本人の可能性が高く無視できない立場であったため、ジャノンはレオと会う決心をした。


 ◆


「なぜパール王国は、俺に約束した支援を送ってこなかった」


「さて……王都のことには疎いものでして……」

(これでは追い出されるのもむべなるかな……)


 ジャノンは挨拶もそこそこに非難をしてきたレオに対し、これは追い出されるだろうなと妙な納得をした。そもそもジャノンにしてみれば、王都の考えを自分が知る筈もないのに非難されても困るし、会ったことについて感謝をされるべきだった。


(この覇気、本物だとは思うが、これに仕えていた者達も持て余しただろう)


 ジャノンは政治的な配慮ができないのに、覇気だけは纏っているレオに仕えていた者達は苦労しただろうと思った。


「王都に行けば何か分かるでしょう」


「そうさせてもらう」


 レオをとっとと追い出したいジャノンと、ここにいても埒が明かないと判断したレオの思惑が一致した。


(護衛の騎士は……まあ必要か。だがサンストーン王国が荒れている以上、備えるために少数しか無理だな。それに、あくまでレオを名乗っている者であると伝言を伝えてもらう必要がある)


 ジャノンは王都の者達に、レオの偽物を連れてくるとは何事だと言われては堪らないと、このレオはあくまでレオと名乗っている者であり、確認はそっちでやってくれという保身の伝言について考えた。


 レオに対してはそれだけだ。


 辺境にいる者の能力が高いと述べたが、幾つか例外がある。


(全く。どうして私の領地が国境になるんだ。物騒だろう)


 ジャノンが自分の領地の位置について、心の中で文句を言う。そう、ジャノンの領地は元々国境に位置していなかったのだ。


 パール王国は旧エメラルド王国に国土を蹂躙された後に、その奪われた土地を今度はサンストーン王国に奪われた経緯がある。


 そして辺境を治めていた高位のパール王国貴族は、旧エメラルド王国との戦いで多くが戦死した上に領土も戻らず没落した。そのため今現在、サンストーン王国と国境を接しているパール王国の貴族達は、元々辺境ではなかった土地を治めていたのに、突然国境が発生してそこを守ることになった者達だ。


 その中には現状維持の環境で爵位を受け継ぎ、能力に疑問符が付く者だっている。


 勿論パール王国もこれをなんとかしようとしたが、事実上の敗戦で失ったものを回復できないパール王国に、領地替えを行うような体力はなく棚上げ状態だった。


(それにしても……今王都や中央はどうなっているんだ? まあ大丈夫か)


 つまり有力者との関わりや強力な権限もないジャノンは、政争においてほぼ価値がなく、王都がどうなっているか殆ど知らずレオに忠告もできなかった。


 今現在の王都は王、宰相、王太子の死が秘匿され続けており、裏で行われていた醜い跡目争いが煮詰まりかけていた。しかしここで急に市場に出回ったサファイア王国の通貨が、混ぜ物だらけで全く金貨や銀貨といえないような粗末なものだと発覚してしまう。


 それは復興資材の購入において、ため込んだサファイア王国の通貨を背景に手形を発行していたパール王国に、サンストーンの混乱へ介入できないほどの混乱を齎していた。尤もパール王国がため込んでいた通貨はちゃんとしたものだが、一度起こった金の不安は収まるのに途轍もない労力を必要とするし、トップ三人が死亡して混乱しているなら猶更収められない。


 復讐を成し遂げた男の働きかけがあったとはいえ、謀略に耽りすぎたパール王国は返ってきたツケに溺れかけており、関係者の眼は血走っている。


 そんな貧すれば鈍するの集団の中へ、パール王国目線では資材を無理に奪おうとした上に、正式に結ばれていないがパール王国の姫との婚姻の約束があるため、かなり無理筋だが王位継承に口を挟むことが不可能ではないレオが飛び込むのだ。


 頭を下げる。妥協をする。機を窺いながら雌伏する。


 そういったことを考えもしない、勝者としての生き方しかできない自縛がレオの運命を決定付けたといってよかった。

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