逃避行

(クソ! 一刻も早く軍を編成せねばならんのに、誰が信用できるか分からん!)


 レオの逃避行だが選択肢はあまりない。まず彼のいた場所は、ジュリアスが支配するサンストーン王国王都と、アゲートに挟まれる位置だったため、のんびりしていると行軍を続けるアゲート軍に捕縛される恐れがあった。


 それ故に一刻も早く軍を編成してジュリアスを討伐する必要があるのだが、レオの目線では同じ反逆者のジェイクに降る貴族が続出して、しかもつい先ほど反乱騒ぎで居場所を追われたため、誰が信用できるか全く分からなくなっていた。最悪の場合、裏切り者の場所に姿を現すと、ジェイクへの手土産にされる可能性もあるだろう。


 あくまでレオ目線だ。


 レオ傘下だった貴族にすれば、ジェイクがこれ以上ない大義を掲げて進軍している最中なのに、政治的に死んだに等しくとも一応まだサンストーン王国王太子のレオは、捕縛しても扱いにくいどころの話ではない。


 なにせレオを捕縛すればサンストーン王国に対する反逆となるし、どんな爆発をするか分からない政治的爆弾にもなる。それにジェイクの手紙では、レオは完全に不要な者として扱われているので、必要以上に匿うのも拙い。だからレオの傘下だった貴族は、レオに対してどこか国外へ脱出して静かに余生を過ごしてくれと思うしかなかった。


(俺こそが真のサンストーン王国の王なのだぞ! ジュリアスでも無能でもない!)


 だがレオは諦めない。憎きジュリアスだけではなく無能にすらコケにされた彼は、己のアイデンティティである真のサンストーン王国国王という立場に固執する。


(この【戦神】レオこそが!)


 哀れだろう。どこか適当な家に生まれて傭兵にでもなれば歴史に名を残せた……可能性もある。というのも政治的な素養が全くないため武門の家に生まれても領地を傾かせるし、傭兵として名を上げてもこれまた政治が分からないため、絶対に歴史に名を残せる保証はない。


 それ故に田舎で人々を守り、頼られる兵士として生きるのが一番幸せなのかもしれないのがレオという男だ。


(今に見ていろ!)


 レオが馬を走らせる。走らせる。走らせる。


(ええい! ここも無能に降るつもりか! なんたる不忠!)


 その途中、明らかにアゲート軍と合流するために移動する者達を発見してやり過ごす。


(ここも軍の通った痕跡がある!)


 それは別の領地でもだ。軍事行動に敏感なレオは、少数だが明らかに軍が行軍した形跡を発見して、逃げ込もうとした先もまたアゲート軍と合流したことを察する。


 どこもかしこもだ。


(おのれ! おのれえええええええええ!)


 レオが逃げ込もうとした先は全てアゲート軍に合流しようと行動した形跡があり、自分ができなかったことを成し遂げているであろうジェイクを罵りながら、身を隠してまた別の場所に馬を走らせるしかなかった。


 そしてこのレオ、野営はお手の物であり金銀も所持していたので、各地で身を隠しながら補給を行い移動し続けた結果、ついにパール王国との国境に近い場所まで移動することになる。


(どうする!?)


 レオは非常に大きな葛藤を感じた。


 最早サンストーン王国にいてもどうしようもない状況なのは間違いないが、国外への脱出は恥といっていい。もしそれが広まると、レオはサンストーン王国では誰にも相手にされないから、パール王国へ逃げたのだと噂される可能性があった。


(……あれはジュリアスの策謀だ!)


 更に問題がある。


 レオはかつてパール王国人らしき刺客に襲われており、それをジュリアスの陰謀だと決めつけたことがあった。そのためパール王国に疑いを持っているものの、下手人がパール王国であると認めることはジュリアスの大義を肯定するのと同じであり、レオはパール王国は未だ同盟の条件を履行しない不届き者として扱う他ない。


(それにいつまでも同じ場所にはいられん!)


 レオの選択肢はなきに等しい。


 他の隣国であるサファイア王国は明確にサンストーン王国に敵対した国であり、そこへたどり着くにはアゲートの勢力圏を突っ切る必要がある。そしてジュリアスの勢力圏に単身で飛び込む訳にはいかず、同じ場所に留まっていてはジェイクの軍に見つかる可能性が高まるだろう。


 後に残された選択肢は、レオ目線でもこれ以上なく怪しいが一応同盟国であるパール王国に逃げ込むしかなかった。


(今に見ていろ! 必ず俺は戻ってくるぞ!)


 レオは血走った眼で祖国の大地を睨みつけると、パール王国へ馬を走らせた。


 ◆


(って感じになってるだろうなあ……)


 夜の野営地の天幕で横になっているジェイクだけではなくアゲートの首脳陣全員が、レオを逃そうとする貴族の最後の奉公と、レオの行動を読み切っていた。


(俺も人のことは言えないけど、レオ兄上は輪にかけて妥協ができない。頭を下げたり妥協することは時に強かさに繋がるのに、レオ兄上はそれを弱さだと断じる)


 闇夜の中、ジェイクが冷静に兄であるレオの性格を考える。


 頭を下げない。妥協をしない。それは強者の特権でありながら弱点にも直結する。今回もそうだ。レオは結果的に唾を吐きかけたアマラとソフィーに頭を下げられず、最終的に国を出ていく羽目になった。


(もし本当にサンストーン王国を出て行ったなら……会うことはないだろう)


 ジェイクはレオがどうなるかもいくつか考えたが、政治的に死んでいる上に古代の王権に逆らったという爆弾が、どこぞの兵を率いてサンストーン王国に攻めかかって舞い戻ることは無理だと結論付けている。万が一それをすれば、兵を与えた国家もまた政治的に死んでしまうだろう。


(子もまずできない)


 同じ理由でどこかの貴族の家がレオに娘を嫁がせる筈もない。そして身分の低い女をレオが受け入れることは決してないため、血筋が残ることはまずない。政治的に死んでいるというのは比喩ではなく、貴族社会においてレオはまさしく死体なのだ。


(寝よう)


 尤も予想は予想だ。


 かなりの確率でレオが死ぬという予想も。

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