戦争には勝てる者

「レイラ、入るでー」


「うん? ああ」


 ジェイク、リリー、イザベラ、アマラが出陣しているため、アゲート城と補給の管理を行っているエヴリンは、最前線から送られてきた手紙を持ってレイラの部屋を訪れていた。


「ジェイクからの手紙……こうなると思うとった」


「なんの話だ?」


「子供用の服があるんやなかろうかってな。自覚あるやろ。ちょい早すぎや」


「むぐ……」


 エヴリンが手紙をひらひらさせて入室すると、やっぱりなと言いながらレイラが作っている小物、乳幼児用の服を見て肩を竦めた。


「ちょ、ちょっと試しに作っているだけだ」


「ま、練習は大事やな」


「そうだろう!」


 エヴリンの言う通り少々早すぎる自覚のあるレイラはバツの悪そうな顔をしたが、突っ込んだ本人からのフォローに勢いよく頷いた。


「それに来年の今頃にはもう生まれてるんだ。やっぱり今から練習する必要がある」


「ああそう……」


 既に子供が生まれることが確定しているようなレイラの口ぶりに対してエヴリンは突っ込めない。それ分かるのはもっと先の話だと常識的なことを言うには、レイラに確信させている【傾国】というスキルは出鱈目すぎた。


「まあそれより、ジェイクから手紙が届いたで。持って来た騎士が言うには連戦連勝や」


「嘘を言え」


 ニヤリと笑うエヴリンはジェイクが連戦連勝だという吉報を告げたが、レイラはそんな訳があるかと否定した。


「戦うと勝つ以前の問題だろうが」


 これはジェイクが苦戦をしているからだという意味ではない。そもそも戦いになっていないのだ。


「ほらな」


「順調順調」


 ジェイクの手紙はまさにレイラとエヴリンの予想通りである。進軍を続けるアゲート軍がどこかの貴族の領地を通るたびに、その付近の貴族が道案内の挨拶に訪れてそれを吸収し、アゲート軍は着々とその規模を増していることが記されていた。


「これにレオ王子がどう出るかやけど」


「結論は出てるだろうに」


 ニヤリと笑うエヴリンに、レイラは肩を竦めながら手紙を大事そうに折りたたんで回収する。


 この事態にレオがどう出るかなど、戦乱を見続けたアマラとソフィーが結論を下していた。


 ◆


「無能がのこのこ出てきて古代アンバーの旗とエレノア教の旗!? しかも他の者達が合流しているだと!?ふざけるな!」


 怒声を上げるレオがこの情報を知ったのは、ジェイクの出陣よりかなりの遅れがある。


(やはり誰も手紙を見せていなかったか……)


 その理由とレオの周りにいる貴族達は気まずさで若干目が泳いでいるのは、アゲートから届けられた手紙を誰もレオに見せていないからだ。


 手紙の内容としてレオを徹底的に不要な物である前提として話が進められていることもそうだが、彼ら貴族の家の保証も遠回しに記されていた。


 本来ならアゲート大公からこんな手紙が送られてきましたとレオに見せる必要があるが……それはレオが古代の王権に喧嘩を売っていない、そしてその古代の王権とエレノア教がアゲートの後ろ盾でない前提が必要である。


(今ここでアゲート大公の不興を買えば戦後にどうなるか分からん……)


 貴族達にとっても、これ以上ない大義を持つアゲートの勝利は確定事項として予定を組んでいる。だからこそ確定事項に逆らう。つまりレオに手紙を見せたりアゲートの情報を流すと、下手をすれば戦後に古代王権に直接名指しで非難され、貴族として死んでしまう可能性があった。そのためアゲート軍がレオ派の貴族を吸収して膨れ上がった今、ようやくレオのところに情報が上がってきたのだ。


 そしてレオの取れる手段は限られている。


 まずは古代の王権とエレノア教が後ろ盾になっているアゲート軍を打ち破るという論外。勿論これをすると、政治的に死ぬどころの話ではなくなるため、レオですら口にしない。下手をすれば世界が滅びるまで悪名が残るだろう。


「パール王国はなぜなにも送ってこない!」


 この期に及んでレオが固執するのは、パール王国が送ってくると約束した物資だ。刺客を送られようと、それはジュリアスの陰謀だと決めつけているレオにすれば、同盟国であるパール王国がなにも援助をしてくれないのは許されざる行いだった。


(亡命……いや……)


 ふと貴族達は亡命という現実的な考えを思いついたが口に出せなかった。


 サンストーン王国の付近一帯は大混乱している真っ最中であることと、なにより王城から刺客の手を逃れたのと国外へ逃亡したのでは与える印象がかなり違う。サンストーン王国内で勝てないほどの影響力しかなく、逃げるしかなかった役立たずだと捉えられるのだ。


 そのため相手は無能と大逆賊なのに逃げるなど、レオは正統なる皇太子としての自負が無くなってしまう。既に政治的には死んでいるが。


 しかもプライドが、ジェイクに対して“よく軍勢を集めた。指揮は自分が取る”とレオが宣言する手段を取らせない。レオの頭の中ではジュリアスを打倒するのは徹頭徹尾自分の力による必要があるのに、無能だと嘲笑していた男の下に出向くなどあってはならなかった。


 同じ理由で、戦後によくぞジュリアスを討伐したと言うこともできない。この辺りの頭を下げられない性格だからこそ、無能に行動を読まれ切る原因になっていたが。


 とにかくレオに残された手段は一つ。これまた彼の頭の中では。


「今すぐ軍を集めろ! ジュリアスを討伐する!」


(やはり……)


 レオの絶叫に貴族達はやっぱりそうなるかと心の中で項垂れたが、これもまたどうせそうなるとアゲートの地でも予想されていた。


 残された手段とは、ジェイクが大逆賊ジュリアスを討伐してこれ以上ない成果を掻っ攫う前に、レオが先んじて討伐して我こそが正統なるサンストーン王国の正統後継者であると名乗りを上げることだ。


(事実を言っても……無駄だろう……)


 貴族達は自分達が正論を言っても聞き入れてもらえないと確信していた。


(今は勝ってはならないのに……)


 その正論とは、今や勝てば解決する問題ではないことだ。


 古代の王権とエレノア教の後ろ盾を受けたジェイクが大逆賊ジュリアスを討つのは、大いに宣伝されている確定事項だ。


 実際、レオが大混乱を起こしているジュリアスに勝つ見込みはある。だがレオがその確定事項を無視してジュリアスを討伐すると、それはエレノア教と古代の王権に唾を吐きかける行いに等しくなる。


 それに参加した貴族も勿論同罪だろう。


 通常なら貴族達はアマラ達に対し、どうしてレオ殿下を無視してそのようなことをなさるのですか? 私達はレオ殿下を盛り立てますと言えるのだが、今それを言った場合、いや、お前達の主のレオは我々の要請とアーロン王の王命を無視してアゲートを侵したのだが、お前達はそれを止めたか? とアマラ達に突っ込まれて何も言えなくなってしまうのは目に見えていた。


(最早致しかたなし……)


 貴族達は決心した。


 急な軍の編成は予定していた増税を更に跳ね上げなばならず、そこへいつの間にか広がっていたレオが古代王権に喧嘩を売った事実が結びつけば、領内でとんでもない騒動、反乱が起きてしまう可能性が非常に高い。


 だが、レオを明確に裏切ることもできないため……。


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


 その日の深夜。


「レオ殿下! 反乱でございます! ここに兵が向かっております!」


「なんだと!?」


「こちらへお早く! 抜け道へご案内します!」


 慌ただしく寝室へ駈け込んで来た貴族の言葉を聞いたレオの反応は早かった。なにせサンストーン王国王城では近衛兵に反乱を起こされ、逃げた先でも刺客に襲われているため襲撃されるのはこれで三度目だ。


 もしここで貴族に敵意があればレオも気が付いただろう。しかし、そこにあったのはギリギリを渡っている最後の奉公だった。


「僅かですがお役立てください! 私はここで敵を食い止めます!」


 レオが剣を持っていることをきちんと確認した貴族は、金貨と銀貨が入った袋や外套、旅に必要な物を渡して街の外へ通じる秘密の抜け道に彼を押し込んだ。


 自らは盾となると言い残して。


「クソ! クソ! 俺は正統なるサンストーン王国の王なのだぞ!」


 レオは罵声と共にまだ王太子の立場であるのにうっかり本音を漏らしながら抜け道の外に出た。


「殿下お早く! 私が囮になります!」


「すまん!」


 そこには馬を引き連れた別の貴族が待機しており、レオが馬上に乗ったことを確認すると敢えて目立つ方に馬を走らせ囮となった。


(なぜこうなるのだ!)


 正統なるサンストーン王国の国王とやらなのに、なにもかも上手くいかないレオは我が身に降りかかる不幸を呪いながら馬を走らせた。



























 反乱なんて起こっていない街を後にして。


『古今東西、どうして戦馬鹿は似たような過程を辿るのでしょうねえ。そして最期も。おほほほほほほほほほほほほほほほほほ!』

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