大義の行軍

 アゲートの周りを治めるサンストーン王国の貴族は、男爵や子爵といった者が多い。なにせアゲート大公国はサンストーン王国の実質属国であり、態々警戒する必要もないほどの存在なのだ。そのため高位の貴族がアゲートの伸長を抑えるようなことは考えられておらず、ジェイクを取るに足りない存在として放置しているも同然だった。


 そんなアゲートから兵二千と少々の軍勢が出陣し、サンストーン王国王都に向かうのは完全に想定外も想定外、驚天動地、あり得る筈がないのだ。しかも、兵二千というのは少なすぎる。ジュリアス陣営は万の軍勢を動員できるし、レオだって捻出できる兵数だ。それを考えるとアゲート大公国の出陣は血迷ったと表現できるだろう。


 だが現実としてジェイクに率いられた軍勢は、アゲートとサンストーン王国の国境を突破しようとしていた。


 勿論、周辺を治めるサンストーン王国の貴族も黙っていることはできなが……悲しいかな。領地の状況が全く芳しくない彼らは、僅かな兵士か引き連れることしかできず、アゲート軍の侵攻予想地点に集結してその時を待つことになった。


「来たぞ」


「ああ」


 一人の貴族がぽつりと呟くと、同意の返事が返ってくる。震えた声の。


 先程述べたが、アゲート軍の兵力は二千でしかない。問題だったのは中身の人員と旗だ。ジェイク・アゲート大公がいることを示す、多種多様な色で彩られた混沌のアゲート石の旗。これは当然と言えば当然。


 だが。


 幾何学模様のようなエレノア教のシンボルがはためく旗。


 琥珀を模した古代アンバー王国直系に許されたこの世で最も貴い旗。


 この二つがアゲート軍の軍勢から伸びていた。


 古代アンバー王国が崩壊してからこの二つの旗が軍勢ではためいたことはない。持ち主が攻撃されたことなど。軍勢の中に旗がある必要など今まで一度たりとも。過去形である。


「よし行くぞ」


 サンストーン王国の貴族達がゆっくりとアゲート軍に近づいていく。恐らく敵わないことが分かっていようと、祖国を守るために突撃を敢行するつもりなのかもしれない。


 ◆


「これより我らが道案内をさせて頂きます」


 勿論玉砕なんてことをする訳がない。案内された貴族達は、ジェイクはともかく、イザベラ、アマラ、ソフィーという文字通り雲の上の存在を前にして跪く。


 本来なら自国の王ではない相手に跪くのはよくない。だが不文律で跪くことを定められているに等しいアマラとソフィーが横にいるため、結果的に彼らはジェイクにも跪くことになった。これは勿論、対等な関係など求めていないアマラ達が敢えてジェイクの隣にいるからだ。


 そんな貴族達がこの場にやって来たのは名目上は道案内、実態は殆ど服従のようなものだ。彼らはジェイク達からの手紙を受け取ると丁寧なお返事をしていた。


 貴族達に大軍を編成する余裕はないが、古代の王権とエレノア教の後押しを受け、逆賊を討伐するために出陣したアゲート軍に参加しなければ、彼らは政治的に間違いなく即死してしまう。そのためなんとか維持できる兵を引き連れてやって来たのだ。


「よく来てくれた。当主自らが来てくれたのだ。皆の献身は誰もが分かるだろう。そうではありませんか、イザベラ様、アマラ様、ソフィー様?」


「ええ。そうですね」


「うむ」


「そうね」


 ジェイクは例え貴族達が率いてきた兵力が少なくとも、古代王権やエレノア教、サンストーン王国への献身は間違いないとイザベラ達に意見し、彼女達も頷いてそれを肯定した。


「ありがとうございます」

(感謝いたしますアゲート大公。これで家はなんとか保てます)


 貴族達は態々アマラ達のお墨付きを引き出してくれたジェイクに感謝の念を抱く。それが貴族達の知らないところで打ち合わせが行われていた結果だとしても、首の皮一枚が繋がったのは事実である。


「では早速道案内を頼む」


「はっ」


 ジェイクにを頼まれた貴族達は、アゲート軍を先導するため先頭に移動する。


 本来なら他国の軍を招き入れ先導するなど言語道断の行い。しかし、彼らの罪を問い裁くはずのサンストーン王国という国家そのものが崩壊しかけている。


 更にジェイクは正しいサンストーン王国を復権出来る権利を僅かに有している上に、古代の王権とエレノア教の後ろ盾まである。つまり総合すると、大逆賊ジュリアスと政治的に死んでしまったレオはもうどうしようもないため、ジェイクしか選択肢が残っていなかった。


 それをアゲート軍の兵達も分かっている。


 これ以上ない大義、天でたなびく至上の旗、いたる所にいるエレノア教の司祭。彼らは間違いなく正義の中にいるのだから不安など微塵もない。


 この後にも周辺の貴族達が、大義という名の旗の名に集まり正義を保証していた。そしてエヴリンが確保した財と兵糧を根幹として、アゲート大公国軍は少しずつ兵力。ではなく既成事実を積み上げながら進軍を続ける。


 ジェイクに従ったという既成事実を。


 そしてまずは【戦神】レオに、彼が最も軽視した権威と大義が襲い掛かろうとしていた。


『息はしているようですわね。てっきりベッドで死んでゾンビになってるかと思いましたわ』


(うるさい)


 一方、【無能】とジェイクは相変わらずだった。

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