大忙し

 サンストーン王国中の貴族に手紙が届く暫し前。


 王国の貴族がストレスで血眼になっているように、アゲートでも血眼という表現がぴったりな者達がいた。


「異常はないか?」


「はい!」


「よし。だが気を抜くなよ。大公陛下だけではなく、アマラ様、ソフィー様、イザベラ様もいらっしゃるのだ。万が一の事態も許されん」


「はっ!」


 それがアマラ、ソフィー、イザベラという三人の貴人が滞在することになったアゲート城の衛兵達だ。世界の頂点に位置する権威を持つ三人になにかあっては大問題になるのは間違いなく、衛兵達は僅かな異変も見逃すまいと、血眼になって城の中を巡回していた。


(アゲートの地にとってこれ以上の名誉があるか?)


 本来ならしなくてもいい苦労だが、衛兵達にとってもアゲートにとっても大変な名誉だ。


 大逆賊ジュリアスの魔の手から逃れた三人がアゲートに来たということは、太古の王権とエレノア教がレオではなくアゲート大公を選んだことを意味するのだから。


 一方、衛兵と似たような理由で困っている者達がいた。


(アマラ様、ソフィー様、イザベラ様に対してどうやって仕事すればいいのか分からないいいい!)


 ここ最近、チャーリーをお茶に誘うことに成功したエミリーが、高貴すぎる者達にどう自分の仕事を行えばいいのかと心底困り果てていた。


 勿論アマラ達は普段通りの仕事をしてくれと言ってはいたものの、はいそうですかと素直に納得するには彼女達の身分があまりにも高すぎた。そして前回アマラとソフィーがアゲート城に滞在したのはごく短い期間で、後はアゲートの各地を回っていたため長期間困ることはなかったが、今回は時期が全くの未定だ。


 他に厨房なども高貴すぎる者達の食事をどうすればいいのだと心底頭を抱えているので、政治とは全く関係ないところでも混乱が起こっていた。


 だが、政治的な混乱もまたこれから引き起こされようとしていた。


 ◆


「お忙しいのに呼び出してしまい申し訳ありませんチャーリー卿」


(どうしてこんなことになってしまったんだ……)


 慈母の微笑みを浮かべたイザベラと、アゲート一の苦労人チャーリーが話し合いを行おうとしていた。が。イザベラが匿われているアゲート城の一室は、複数人の司祭達が控えている一種の神殿となっている。そんな場所へ呼び出されたチャーリーの心境は、まさに神の前に引っ張ってこられたかのようだった。


「実はアゲート大公陛下に婚約者の方がいらっしゃると小耳に挟みまして。よろしかったら私が結婚の儀に立ち合おうかと考えているのです」


 イザベラとしても、ジェイクの信頼が厚いチャーリーをいつまでも拘束する訳にはいかず早速本題に入った。


「なんと……!」

(ね、願ってもない!)


 旧エメラルド王国が敗戦を重ねる中でアゲートの地を守り抜き、その後のジェイク・アゲート大公の統治でも最前線に立ち続けた若者は、イザベラの提案に驚きながら高速で思考を巡らせる。


(レオとジュリアスがサンストーン王国を滅茶苦茶にするのは間違いないが、そうなるとアゲートは常に危険だ。どうにかするには陛下がサンストーン王国を再統一するしかない。ここでイザベラ教皇が陛下の結婚の儀に立ち会うのは、紛れもなくエレノア教がその後ろ盾になるという意味だ)


 アゲートの安全保障の大前提は、まずサンストーン王国が機能することなのにそれが機能していない。それどころか一応正統後継者と言っていいレオは、あろうことか実質的な軍を寄こしてくる始末だ。それをどうにかするためにジェイクが軍を起こすことは確定事項であり、その後押しとなるイザベラの援助は、チャーリーにしてみれば願ってもないことだった。


(それに、御次男か御三男が生まれたらアゲートも安泰だ)


 もう一つ。以前にジェイクが考えていたように、彼と財を生み出しているアゲートが密接に関わっていることをチャーリーも分かっている。そのため、サンストーン王国再統一後も、ジェイクとアゲートの関りが保たれるのは間違いない。その後、いずれ生まれてくるジェイクの子がアゲートの統治者として送られてくることもまたほぼ確定事項だ。


(だから身を固めてください陛下)


 だがそれにはまず、ジェイクに結婚してもらわないと話にならない。幸い、遠慮していたレオは明確な敵になったため、チャーリーは主君を人生の墓場に蹴飛ばすことにした。


「賛成していただけますか?」


「勿論でございます!」

(幸い、エヴリン様は事あるごとにレイラ様を立ててらっしゃるからなんとかなる筈)


 イザベラの問いに頷くチャーリー。

 

 しかしここで問題になるのがジェイクの婚約者が、レイラとエヴリンの二人いることだ。しかし、エヴリンは常に先に結婚するのはレイラだ。御家騒動は御免だと公言しており、それをチャーリーも知っている。なんなら、サンストーン王国にいる頃から、レイラに対して第一夫人よろしくと言っていたほどである。


 実際、エヴリンにしてみれば、王位継承の順位が曖昧になったらどうなるかという歴史上有数の反面教師二人が内乱中である上に、銅貨の一欠けらの得にもならないお家騒動なんてまっぴらごめんである。そのため、レイラと自分が二人一緒に結婚して、次代の王位継承の順位がこんがらがるのは全く望んでいなかった。


 それでも懸念があるとすれば、レイラが生んだ子が全員、王位の継承で不利になる女児だった場合だが。


 ◆


『一応。そう、一応言っておきますけど、今のレイラは直ぐに妊娠して男女の産み分けまでできますからね。流石に出産までは時間が必要でしょうけど、家族計画はしっかりしておかないと、とんでもないことになりますわよ』


「え?」


【無能】にしてみれば鼻で笑うような懸念事項でしかなかった。


 とにかく、アゲートはジェイクとレイラの結婚の儀まで加わり大忙しになってしまう。


 そのあとすぐ、秘密裏にもう五人分行われるが。

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