政治
異様な速さで広まったジュリアスの手によるエレノア教大神殿焼失と、レオが古代の王権に歯向かい非難された噂は、サンストーン王国を守る国境貴族達の耳を引き裂いて飛び込んできた。
「本当だったら……終わった……」
お先真っ暗という言葉を擬人化すれば、今の項垂れたエバンの形となるだろう。
槍働きで出世したエバンは古代の王権とエレノア教の権威を完璧に理解していると言い難いが、それでもアマラ達に直接非難されればこの世界で生きていけないことくらい分かる。
(ジュリアスが木っ端微塵になる大義が欲しいとは思いましたけど、余計なことが起こっていますよ神様……)
政治的にずっと翻弄されているエバンは、不忠にも神に対して願いが正しく伝わっていないと訴えた。実際に彼が願ったのはジュリアスを倒すための大義なのに、主であるレオが粉々になるような事態は頼んでいなかったのだから仕方ない。
しかし、このレオとジュリアスの両方が駄目になる事態の中、唯一の逃げ道が存在する。エバン達はその逃げ道とかなり関わりが深いのですぐに思い至ったのだが……。
(アゲート大公……いや今更俺がなにやっても無理だろ……)
レオとジュリアスが掲げるサンストーンの看板が機能しなくなれば、残された最後の予備としてジェイク・アゲートではなくジェイク・元サンストーンという看板が機能する。だが、エバン達視点ではその逃げ道であるジェイクに砂をかけまくっているのだ。
(国力を維持するって大変なんだなあ。ご先祖様達は頑張ってたんだ……)
精神的にかなりキテいるエバンは、奇しくもそのジェイクと同じことを思いながら意識が遠のいていく。
(噂や嘘って断言するにはレオ殿下、やらかしちゃってるからなあ。アマラ様達も軽んじられる可能性があるレオ殿下のところには行かないよな……)
エバンは遠のく意識の中、うっかり本音を漏らしてしまう。
王権を無視した前科のあるレオなのだから、権威の塊と言える古代の王権とて無視して軽く扱う可能性がある。それ故に、アマラ達が最近訪れたアゲートに足を運ぶことは十分考えられた。
(それを言ったらジュリアスもだが)
ついでにジュリアスの方も、既に反逆という信じがたい大罪を犯しているのだから、大神殿の放火に関して信憑性があった。
「エバン様、エレノア教の司祭殿が面会を希望されています。以前、フェリクス商会との契約を結んでくれた方なので間違いありません」
「なに!? すぐお通ししろ!」
そんなエバンの下にエレノア教の司祭が訪れた。
「エバン様、ご無沙汰しております」
「ご無事でなによりです。大逆賊ジュリアスの行いには必ず報いがあるでしょう」
(なにかしらのメッセンジャーか……)
中年の男性司祭を迎えたエバンは、彼をエレノア教のメッセージを携えた者だと判断した。
「申し訳ありませんが早速要件を。これがイザベラ猊下、アマラ様とソフィー様の共通名義、そしてアゲート大公陛下のお手紙になります」
(げえ!? 手紙!? 封蝋がエレノア教と古代アンバーの紋章!? 俺程度に!? なんで!? どうして!? 嘘!? )
だがその予想は大きく裏切られ、エバンはパニックを起こしてしまう。
ジェイクの手紙はいい。こちらは何度かやり取りをしているため慣れている。しかし、エレノア教と古代アンバー王家の紋章で封蝋されている手紙は、木っ端貴族どころか高位の貴族ですら家宝扱いしてしまうほどのものだ。言い方は悪くなるが、エバン程度の立場では決して送られてこない筈だった。
「は、拝読しても構いませんか?」
「はい」
エバンは震える手で手紙の封を解き、アマラ、ソフィー、イザベラから送られてきた手紙を読む。
こちらの内容はエバンの予想から外れない。
レオが古代の王権とアーロン王の王権を侵したことと、ジュリアスがエレノア教大神殿を焼き払った事件の詳細、それに対してアマラとソフィーが非難声明を書き記している手紙。そしてイザベラの嘆きが綴られた手紙。
その両方に、大逆賊ジュリアスを討つための軍をジェイク・アゲートが起こすことが記載されていた。
(レオ殿下は終わった……)
どこにもレオの大義を示す文はなく、彼が政治的に終わったことをエバンは確信した。最早レオは故人も同然であり、エレノア教と古代の王権の後ろ盾があるジェイクが内乱を平定した後にその席がないのは一目瞭然だった。
(アゲート大公の手紙は……)
続いてエバンは、ある意味一番の問題であるジェイクからの手紙を読み始めた。
そこには雑に表現すると、国境の守りご苦労様です。国境貴族の頑張りは皆が分かっています。これからも仲良くしましょうね。世情が混乱していても商人はそちらに行くようです。そして、大逆賊ジュリアスを討つため軍を起こしますといった内容だった。
国境貴族に対する指揮系統から完全に外れているジェイクは、あくまで今現在はジェイク・アゲートであり、ジェイク・サンストーンではないため、これ以上突っ込んだことを書いた証拠を残せない。
ただし、それが古代の王権とエレノア教の手紙と一緒に届けられたのだから、隠されていない意味に誰もが気が付くだろう。
現在の地位は保証するし今まで通り援助をするから、自分がサンストーン王国を再統一している間、混乱しているサファイア王国とそこへ攻め入ったルビー王国、アメジスト王国の介入を防いでくれ。といったところか。
(た、助かった?)
エバンにとっては都合のいいことしか書いていない手紙だが、ジェイクは彼ら国境貴族に含むところはない。そもそもジェイクは政治的大混乱が起こるか、レオとジュリアスのどちらかで決着はついたが、民や貴族達が大勢死んで国体が維持できず、サンストーン王国が他国に併呑され、アゲートが潜在的脅威に囲まれることを天秤にかけ、よりマシな政治的大混乱を選んだのだ。
それなのにレオとジュリアスに付いた貴族達を粛清したら、替えも用意できず無駄な騒動が発生するだけである。
「これは独り言なのですが」
「は、はい」
あくまで独り言だと前置きした司祭だが、この場で呟かれる言葉が単なる独り言の筈がない。
「イザベラ猊下はアゲート大公陛下に婚約者が居られることを知り、結婚の契りに立ち会うと提案されて執り行われました」
やはり単なる独り言ではなかった。レオとジュリアスがあれほど結婚の契りの場にイザベラを望んでいたのに、ジェイクはそれに先んじたのだ。
これでは誰がどう見ても、エレノア教が大神殿を焼いた大逆賊を討伐する者としてジェイクを選んだとしか映らない。
(終わった……)
エバンは改めてレオが政治的に死んだことを確信し……。
貴族的な文でご挨拶の返信を司祭に託すことになった。
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