大混乱

 ジュリアス陣営の混乱とレオ陣営の混乱だが少々の時差が発生している。


 レオが派遣した自称使者団が、古代の王権から発せられた非難声明を持ち帰る時間が必要なのに比べ、ジュリアスが支配するサンストーン王国王都はエレノア教大神殿焼失の爆心地に近いため、即座に大混乱に陥っていた。


(大逆賊ジュリアスに騙されたことにして、レオ殿下の下に逃げるしかない!)


 そしてジュリアス傘下の貴族は、レオという大義の看板がまだ機能していると思った。


 都合のいい話である。レオはパール王国の陰謀に関わっている売国奴であると宣伝した者、あるいはそれを信じた、信じたかった者達は、自分達こそが正義であるというジュリアスの看板が木っ端微塵に消し飛ぶと、泥を投げつけていたレオの看板に身を寄せようと画策したのだ。


(このままでは貴族として破滅する!)


 その者達が特に恐れていたのが、大神殿のどこを探してもいなかったアマラとソフィーが現れ、ジュリアス傘下の貴族はサンストーン王国の貴族に相応しくないと宣言することだ。


(先祖に顔向けできなくなるぞ!)


 何百年にも渡りサンストーン王国の貴族として家を継いできた者達にとって、その保証人とも言える双子姉妹に貴族に相応しくないと言われた場合、存在理由が根底から崩壊してしまうのだ。


 勿論、双子姉妹には貴族へなにかを強制する権限はない。しかし、その額面通りにいかないのがこの王政世界の根幹である古代アンバー王国の権威であった。ましてや最古の宗派であるエレノア教の大神殿も焼いてしまったのだから、ジュリアス傘下の貴族の焦りは途轍もないものだった。


(ジュリアス様が命じたことでないにしろ、エレノア教の大神殿が焼かれたのは紛れもない事実だ!)


 大神殿が燃え尽きたことに対して、ジュリアスが関与していたかは貴族達にも分かっていない。だが、それが確定事項のように広がっている以上、彼らは保身と家の存続のために行動を起こさなければならなかった。


 しかし、まずは王都から脱出しなければならない貴族も多く、レオ陣営に合流するのは少し先の話になる。予定であった。


 ◆


 一方、ジュリアス陣営と境界を面しているレオ派の貴族の下にも、比較的早く事件の一報が飛び込んできた。


(おのれ大逆賊ジュリアスめ! 古代の王権とエレノア教を害するとは!)


 まず彼らも衝撃を受け、次いで義憤に駆られたがそれと別に本音もあった。


(間違いなく勝った!)


 この件が影響して自分達が勝利するという本音である。


 仕方ないことだろう。彼らが逆賊を討つという正当なる大義、レオという正統なる血統を抱えているのに、自らが滅びかねない増税を行う必要があるほど追い詰められていたのだ。そこへジュリアス陣営が内から完全に崩壊する、これ以上ない正義がやってきたのだから、思わず喜んでしまうのも無理はない。


(早くこのことをレオ殿下にお伝えせねば!)


 レオ陣営にとって勝利そのもののような吉報なのだから、事件を知った貴族達は急いで使者を送り、大逆賊ジュリアスが古代の王権とエレノア教を害したことを伝えようとした。


 その主であるレオが、まさに古代の王権とサンストーン王国の王権を侵したことを知らずに。


 ◆


 そして、レオの下に届いた情報は、敵地であるサンストーン王国王都でおこった大神殿焼失の報より、旧エメラルド王国領復興のために交通網が整備され、味方の勢力圏を突っ切れる馬に乗った騎士が知らせた報が早かった。


「バカな!? 双子姉妹がアゲートにいただと!?」


「はっ!」


 自称使者団が武装して、しかもアゲートの国境を侵したところをアマラとソフィーに目撃された。そんなことを報告されたレオと、周りで聞いていた貴族達の感情はかなり違う。


「なぜここではなくアゲートに!」


 レオの感情は驚愕と、なぜ双子姉妹が自分のところに来ないでアゲートにいるのだという怒りだ。


 レオや世界中の若い第一王子の中には、自分こそが唯一無二と思う者が何人かいる。これはその国の中で最も尊い座を継ぐものであるという自負と高慢からだ。


 しかし、以前にも述べたがサンストーン王国の貴族は、その多くが古代アンバー王国の末裔だからこそ貴族の地位にいるのだという看板を掲げていた。


「そ、その、アマラ様はよくも古代の王権とアーロン王の王命を踏み躙ったなと……」


「そ、それがどうしたというのだ!」


 流石のレオも、双子姉妹から直接非難されたことを知ると怒りが収まるほど焦って強がった。


(ひっ!?)


 そして周りで聞いていた貴族達は心の中で悲鳴を上げた。


(アマラ様とソフィー様が非難!? い、今まで記憶にないぞ!?)


 ただでさえアマラとソフィーの二人は、貴族達が貴族であることの保証人なのに、それが今まで聞いたことがない名指しの非難をしたとあっては、武勇を誇るレオ傘下の貴族でも恐怖を感じてしまう。


(み、身の振り方を真剣に考えなければ……)


 元々なにもかも上手くいかないレオの下にいては危険だと考えていた貴族は、この事件が破滅の決定打になり得ると判断して、今後のことを考えようとした。


 つまりである。


(は? エレノア教の大神殿を焼いた?)


(は? 双子姉妹に非難された?)


 その後、両陣営の傘下貴族は別の大義に逃げ込もうとした矢先に、その看板も滅茶苦茶になったことを知って、呆然となった。


 アゲートから手紙がやって来たのはそんな時である。

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