混乱

(大変なことになった! 大変なことになった!)


 イザベラ、アマラ、ソフィーの件でサンストーン王国内が大混乱に陥っているように、アゲート大公の懐刀ことチャーリーも脳内も大混乱だった。


 レオが送り込んできた自称使者団が、武装した実質軍であることを察知したアゲート大公は、軍勢を率いてレオの手を払いのける決断をした。


 それは事実上の属国が独立するための理由ではなく、自分達の財産を守るための戦いであり、多くの者が覚悟を決めていた。


(アマラ様とソフィー様が来てくれたらなあと妄想してたら本当になった! しかもイザベラ教皇まで!)


 だがその予定は根底から覆ってしまう。


 確かにチャーリーは以前、アマラとソフィーがこの地に来てくれたら、レオの介入という別の問題は発生するが、直接的な安全保障問題は解消されるかもしれないと思った。しかしそれはあくまで妄想の類であり、その上更にエレノア教教皇イザベラまでもがやって来るのは予想外も予想外の事態である。


「まさかお三方が……」


「エレノア教の大神殿を焼くなど……大逆賊ジュリアス許すまじ!」


「再び古代の王権が来てくださっただけでなく、イザベラ猊下までこの地に……ありがたやありがたや……」


 そしてアマラとソフィーが再びアゲートに訪れただけでなく、イザベラまでアゲート大公国にやって来たという話題は隅々まで行き渡り、人によっては一日中その話題しかしない者までいたほどだ。


(忙しいいいいいい! オリバー司祭とも他の司祭のことで色々話し合わないと!)


 だがチャーリーや一部の者は、アマラ達の部屋の準備や使用人の手配、警備の見直しなどをしなければならず、お喋りで盛り上がる余裕など一切なかった。


(忙しい忙しい)


 一方、チャーリーが話し合う必要があると思っている相手、オリバーもまたチャーリーほどではないが忙しかった。


(とりあえず大方の場所には話をしたか)


 アゲート大公国で活動するエレノア教の代表的立場のオリバーは、アゲート城の重要区画で保護されているイザベラの意思と、大逆賊ジュリアスの非道を伝えるため、各地に顔を出していたので忙しかった。


 つまり、アゲートであっという間にイザベラ達がやって来たことと、その原因が広まったのはオリバーが関与していた。


 いつの世も、世論を形作るのは基本なのだから。


 ◆


「大事になったな」


「だっはっはっ! 確かに!」


 アゲートは戦時体制と言ってもいいため、傭兵アイザックは酒を飲まずに単なる食事をしながら同僚のマイケルと話をしていた。


「伝え聞くレオ勢力のグダグダさを考えると、自称使者団を打ち払った後も勝算は十分あった。しかしこりゃあ……」


 苦笑するアイザックがレオに敬称を付けないが、はっきりと敵対関係になった現在では誰も咎めない。


 そして独自の情報源がある傭兵達は、アゲート大公国とレオの争いを予期しており、その勝敗もアゲート有利だと考えていた。


 だがその先に関しては意見が幾つかあった。その中で最も多いのは、レオ勢力の一部を吸収してレオ、ジュリアス、そしてアゲート大公の三つ巴になるのではないかというものだ。


「だっはっはっ! こりゃ行くとこまで行っちまうかもなあ!」


 笑うアイザックの言う、行くところまで行ってしまう。つまりレオを勢力を粉砕するどころか、ジュリアスをも打ち取り、サンストーン王国の内乱を終わらせると考えていたものは誰もいなかった。


 しかし今や傭兵だけではなく、誰もが行くところまで行くかもしれないという発想になるほど、今回の件は政治的な大事件だった。


 その上、チャーリー達だけではなく軍も忙しくなっているのは、ジェイクからサンストーン王国王都まで行軍するのに必要な物資を試算する役目を命じられているからだ。意味は疑いようもなく明白だろう。


(デイジーに、しばらく家を空けるかもしれんと言う必要があるな……)


 アイザック達は今後の動向次第によって、長期間アゲートを離れる可能性があり、身内に対してなんと切り出したものかと頭を悩ませることになる。


 ◆


 一方アゲート城では、哀れな女教皇イザベラがジェイクに助けを求めていた。


「これで毎日一緒です!」


「むごごご!?」


 ジェイクの横でソファに座るどころか、抱き着いてである。ついでに言うと彼はいつも通りイザベラに潰されていた。


 なにせジェイクがサンストーン王国にいたころから、イザベラは教皇としての仕事を大神殿で行っていたのだ。そのため同じ場所に長期間いることができず、常日頃から残念に思っていた。それが今や、保護された教皇としてジェイクの生活エリアに住んでいるし、相談事をするためとして古代王権のアマラとソフィー、エレノア教教皇イザベラ、アゲート大公ジェイクの極秘会談を行うことができた。


「イザベラ、満足したらお前も手紙を書け」


「人生で一番手紙を書いたかもしれない」


 そんなイザベラと違い、アマラとソフィーはサンストーン王国中の貴族に送る手紙をひたすら書きまくっていた。


 内容はジュリアスの手による大神殿放火事件と、レオが古代の王権による要請でアーロン王が認可したアゲートの地を侵したことに対する非難声明。


 そして近く、ジェイクが大逆賊ジュリアスを討つための軍を起こす。


 このようなことが書かれていた。


 どれほど馬鹿で愚かだろうと言葉の裏に潜んでいる意味に気が付く。


 大逆賊ジュリアスは言うに及ばす、レオ・サンストーンにサンストーンの正統後継者たる資格はなく、それを正すために古代の王権とエレノア教はジェイクを選んだのだと。


 そんな手紙が大神殿の件で許し、もしくは無関係である証明が欲しいジュリアス派の者達、そして古代の王権を侵し、重税を課さなければならないレオ派の下に送られるのだ。


 権威という無形でありながら最も恐ろしい武器が、レオとジュリアスを襲おうとしていた。

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