日常の傍
上が色々と画策しても、下の者は勘付いたりするものである。
「アイザックじゃねえか! 今日飲みに行こう!」
「マイケル。悪いがデイジーに財布を握られてるから高いところは無理だぞ」
「だっはっはっ! しっかり尻に敷かれてるな! 分かった適当な酒場にしよう!」
筋骨隆々な傭兵マイケルが、友人で傭兵仲間のアイザックを見つけて飲みに誘う。しかし、アイザックは事実婚相手で元黒真珠の工作員であるデイジーに財布を抑えられており、それを知ったマイケルは大笑いした。
「しっかしお前とデイジーがねえ」
「人生なにがあるか分からんもんだ」
「だっはっはっ! まさにそれを言おうとした!」
マイケルはアイザックとデイジーが結ばれたことを最近知ったが、首をひねりながら世の中なにが起こるか分からないと面白がっていた。
「よう邪魔するぜ!」
「いらっしゃいませ! お好きな席にどうぞ!」
「俺とこいつにいつものを頼む!」
「分かりました!」
酒場に足を運んだマイケルは店主に声を掛けながら、アイザックと共に席に着く。時刻は夕暮れ時で繁盛するのはこれからのため、彼ら以外の客はまだいなかった。
「実はだな。傭兵としての俺はここに骨を埋めようと思ってる」
そんな酒場に客が入り始め、ある程度酒を飲んだところでマイケルがぽつりと呟いた。
「ここじゃ俺は専門技能を持った職人扱いだ。金の支払いだって渋られたこともない。先のことはまだ分からんが、傭兵としての俺は剣を握れなくなるまでここで雇われようと思ってる」
「最近よく聞く話だ」
「そうだろうな! なにせちょっと前にダチから言われたことをそのまま言ってる!」
「なんだそりゃ」
どこかしんみりとしたマイケルの言葉を別の傭兵からも聞いていたアイザックだが、マイケルもまた同じことを聞いていた。
傭兵は野盗やごろつきと変わらない扱いをされることが多いが、アゲートでの傭兵は高度な戦闘技術を持った職人のような扱いで金払いもいい。そのため老後の話は一先ず置いておいて、傭兵としての自分はアゲートで骨を埋めると考えている傭兵が多かった。
「兵士になるって考えもチラリと浮かんだが、傭兵は気楽だし性に合ってる。それに今更生き方も変えられねえ」
「だな。それに俺は他になにもできないから傭兵になったんだ」
マイケルの考えにアイザックも頷く。
出世などを考えるとアゲートの兵になる選択肢もあるが、マイケルもアイザックも傭兵を長く勤めすぎて馴染み切っていた。彼らはそれ以外の生き方を知らないのだ。
「ところでだ」
アイザックがつまみを口に放り込みながら前置きをする。
「ここで骨を埋めると言ってたが、それはアゲートの地か? それともアゲート大公が治める地か?」
アイザックの言葉の微妙なニュアンスの違いにマイケルが……情勢を読み切り、金を稼いで生き残る専門家がニヤリと笑った。
◆
◆
◆
それから数時間後。アイザックは自宅の寝室でデイジーと戯れていた。
「おいおい。もう降参だ」
「甘えてるだけって私の口から言わせるとはね」
「そりゃ悪かった」
アイザックとデイジーが、夜の室内を照らす蝋燭を頼りにお互いの顔を見合わせる。
「まあ色々考えることがあってな」
「別に真剣なあんたの顔を心配してのことじゃないさ」
「そうかい」
そのデイジーの行動に心当たりがあるアイザックは弁解したが、デイジーはとぼけながら彼の耳に声を吹き込んだ。
「朝の手紙はかなりのダチ。まあ親友て言ってもいい奴が送ってきた。そいつは“蛇の鱗”団って傭兵団でそこそこの地位にいるんだが、そこの団長がレオ王子傘下の貴族と繋がりがある。そのせいで金払いが悪いことが分かってても、レオ王子の勢力圏に伝手がある数少ない傭兵団なんだ。ああ、雇われてはない。ジュリアスと戦うときに雇うという話になってたらしい」
「あんたも顔が広いね」
「一人で活動してる変わり者の傭兵には人脈ってのが必要なのさ。言っておくが女の人脈はお前だけだぞ」
「なら証明してもらおうか」
「だから降参だって」
アイザックは朝から考え事をしていた理由を説明したが、自分の上で這いまわろうとしている女がその傭兵団の名に負けていない毒蛇の一人だということは知らず、勘弁してくれと言わんばかりに首を左右に振った。
そして原因である手紙は、金払いが悪いレオ陣営を嫌って寄り付いていない傭兵達の中で、数少ないレオの勢力圏に滞在していた傭兵であり情報源だった。過去形である。
「だが幹部連中がシェフを説得して引き払った。幸い契約自体はしてなくて、ダチを含めた連絡役の幹部が何人か領地にいただけみたいだから不義理じゃない。寧ろ金を払われてないのに、今まで幹部が何人か派遣されてたんだから損してたな」
アイザックが読んだ手紙によると、既にその傭兵団はレオ勢力との関わりを絶っていた。
「傭兵が金にならない場所にいるなんてね」
「まあ、他の傭兵がいないなら発言力が増すからな。それに内乱で勝ったら、レオ王子に勝利を齎した正義の傭兵団とでも名乗る打算があったんだろう」
「ぷふっ。な、なんの傭兵団だって?」
「自分で言っておいてあれだけど無いな。善良な悪徳役人みたいなもんだ」
「ふふふふ」
アイザックの首元でデイジーがくすくすと笑う。どうやら唐突な正義の傭兵団とやらに思わぬ不意打ちを受けたらしい。
ただ、逆賊を討伐するためにレオ勢力に所属するのは、後々の宣伝を考えると悪くはない。どこか別の国で貴族の反乱でも起こった際、我々には反乱者を打倒した実績があると売り込むことができるだろう。それでも正義の傭兵団と名乗ろうものなら笑われるのは間違いなかったが。
「そ、それで、理由は?」
「その繋がりがある貴族がかなり焦ってたらしい。ダチはレオ王子に増税をしろと命じられたんじゃないかと疑ってる」
「傭兵にとっては代わりに金が入って来る。って単純な話じゃないんだろうね」
「ああ。どこの領主だって余程も余程の馬鹿じゃなければ、自分の領地の状況が分かってるから焦ってるんだろう。ダチがいたところも増税なんかした日にはどうなるか分からない状況らしくてな。それでも内乱に勝てればいいが目途は立ってないし、負けでもしたら逃げてる最中に農民の手に掛かってなぶり殺しにされるだろう。だから逃げた」
笑いの衝動が収まったデイジーに、アイザックは友人達が逃げ出した理由を説明した。
その友人達の疑いは正しい。まだ調整段階の増税について嗅ぎ取った傭兵達は、レオ配下の貴族達も本音では増税をしたくないから引き延ばそうとしていることすら気が付いたが、それも時間の問題だと判断して逃げた。
「ここから俺の予想なんだが、レオ王子がアゲートにちょっかいを掛けてくるかもしれん。実際、どうもアゲートの軍もそれを想定して動いてる節がある。しかし……」
「しかしレオ王子は終わるかも?」
「ああ。領地のことを考えればできない増税に合わせて、古代の王権に楯突くんだ。それに俺の傭兵としての勘はアゲート大公が勝ち馬だって囁いてる」
場所によっては賢さなど微塵もない野盗同然に思われている傭兵だが、アイザックに言わせればきちんとした傭兵である彼は、アゲートを取り巻く情勢を敏感に感じ取っていた。そうでなければ個人でやっている傭兵など、あっという間に戦場で散っていただろう。
「あんたの勘は信用ならないね」
「最高にいい女を見つける勘は当たってたぞ」
「よくもまあ。その口を塞ぐ必要がありそうだ」
「どうやって?」
「こうやってさ」
そんな男の勘を切って捨てたデイジーは、自分を最高にいい女だと言ってのけたアイザックの口を塞ぐため、己の唇を重ね合わせた。
後書き
大人の話でバランスを取る(結局イチャイチャ)
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